第1話 屋敷の中の謎

 神がこの地に訪れたとき、大地は濃い霧に満たされていた。


 神は言った。「私に似たように人を造り、あらゆる生物を服従させよう」


 神は霧を晴らし、この地を統べることを『人』に命じた。


 『人』は自身の子供たちに、四つの領を分け与えた。

 

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「ロン、準備はできたか? 今日はおまえにとって特別な日になるだろうからな。まぁ、あまり緊張せずに、堂々としていればいい」


 父の穏やかな声は、不安な心を少し落ち着かせてくれる。


 今日は、若君の屋敷へと行かなくてはならない。この地を統べる今上陛下の息子である若君が、四つの領の次代を担う者たちを招いたのだ。


 かつて、神がこの地に訪れ、『人』に統治するよう命じたらしい。『人』はこの地を四つの領に分け、それぞれを自身の子供達に治めさせた......と、言われている。四つの領とは、アダマス領、ルベル領、セフィルス領、スマラグドス領のことである。


「他領の者たちと近づける良い機会だからな。」


 そう言った父は笑っているが、とてもそんな気分にはなれない。


 なぜなら、噂で聞いたところ、他の領の代表として来る者たちが、自分とはまったくかけ離れた人たちだからだ。

 

 全てが完璧で、非の打ち所のない騎士や、天才と呼ばれる魔法使い。さらには奴隷を飼っている恐ろしい姫までいるらしい。


 それに比べ、僕には何もない。

 

 でも、別にそれでいいと思っている。スマトラグラスの豊かな自然と、永遠の春の中で過ごせるのなら。

 

 僕はひっそりと、静かに暮らしたいだけなんだ。


「よし、そろそろ出発だな。気をつけてな」


「辛かったらすぐに帰ってきてもいいのよ? ソフィー、ロンを頼みましたよ」


「はい、奥様。心配しなくても大丈夫ですよ。ロンは意外と、しっかりしていますから」


 胸をどん、とたたきながら、ソフィーは元気に言う。


 今回の催しには、従者を一人連れて来ても良いと、招待状には書かれていた。ソフィーとは、小さい頃から仲良くしており、従者と言うよりは、友達みたいなものだ。


「さあ、行こう。ロン」ソフィーは言うと、にっこりと笑う。

 

 並んで歩き、二頭立ての馬車に二人で乗り込む。僕は心を決めると、馬車はゆっくりと走り出した。



「あれが若君の屋敷? 何か、すごいところに来ちゃったね......」


「ここからは、言葉遣いには気をつけてくれよ。」


 ソフィーはこくりと頷き、目をキラキラと輝かせている。


 その荘厳な屋敷は、森に囲まれており、草木や花が辺りを彩っている。屋敷を囲むように塀があり、完全に外の世界と独立したような雰囲気を漂わせている。


 馬車が止まり、ソフィーはさっと飛び降りる。ロンの手をとり、降りるのを手伝った。小さい頃からの付き合いで、仮にも主と侍女という関係だが、ドキドキしてしまう。


 ソフィーに顔を見られないように、歩いて行く。


 すでに馬車が三台停まっている。おそらく、他の領の者たちのだろう。


「ロン・スマラグドス様ですね。お待ちしておりました。案内を仰せつかっております。どうぞこちらへ」


 使いの者に導かれ、門をくぐり、歩いて行く。庭はとても広く、池まである。


 使いの者が屋敷の扉を開ける。天井はとても高く、中央には噴水があり、至る所に壺や絵画などの美術品が飾られているが、どこか薄暗く、不気味な雰囲気に包まれている。噴水を囲むように階段があり、二階へと続いている。


 一階の奥にある部屋が気になり立ち止まったが、ソフィーに背中を押され、まぁいいかと歩き始めた。


 ソフィーはきょろきょろと周りを見ている。みっともないと注意しなければと思ったが、気持ちは分かるので、好きにさせてやろうと、何も言わずに横目でソフィーの様子を見ていることにした。


 そうこうしている内に、目的の部屋に着いたらしい。使いの者が守衛に合図し、大きな扉を開かせる。


 落ち着け、大丈夫だと、心の中で言い、顔を上げる。


 部屋に入り、辺りを見る。奥には暖炉があり、炎が揺らめいている。その手前には長机があり、燭台が灯されている。椅子が二つずつ、向かい合うように並んでいる。


 左奥には、紅く燃えるような髪を揺らし、力強い瞳でこちらを見ている少女が座っている。彼女がおそらく、ルベル領の姫、ルチア・ルベルだろう。隣には、黒い髪の少年が、微動だにせず立っており、腰には刀を差している。どうやって持ち込んだのか、武器の持ち込みは禁止されているはずなのだが。


 手前には、腰まである白銀の髪を一つに並べた、やや身長の低い少女が座っている。彼女が、天才と呼ばれる、シバ・アダマスだろう。アダマス家の者は、魔法が使えると言われている。その中でも、彼女は特に秀でた才能を持っているらしい。隣には、かなり体格の良い男が、腕を組んで立っている。これだけの体格ならば、武器がなくともどうにでもなるのだろうな。


 一方、右奥には、青い髪の、美少年が姿勢良く座っている。ミカ・セフィルス。優秀な騎士を多く輩出する、セフィルス家の長男である。長身で、整った顔立ち、騎士としての実力から、セフィルス領はもちろん、王宮内の女中や他領の者たちにまで人気である。隣には、黒く長い髪のメイドが、物静かに佇んでいる。


黒髪の少年が刀を差しているのに、ミカが剣を持っていないことに違和感を覚える。


「そんなところに突っ立ってないで、さっさと座ったらどう?」


 勝ち気で、自信にあふれている声に、びくりとしながら、空いている手前の椅子に座る。


「あんたが、あのスマラグドス領の跡継ぎ? なんか、パッとしない顔ね」


「失礼ですよ、ルチア殿」


「セフィルス領のミカといいます。あなたのことは噂で耳にしたことがあります。これから、よろしくお願いしますね」


 男にしては美しすぎる顔で、目を細めて微笑む。性格も完璧だなと思っていると、ソフィーが腕をつついてくる。


「ロン、何か言わないと」


 そう言われてハっとする。どうやら、ぼーっとしてしまっていたようで、あわてて自己紹介をする。


 ミカが率先して、他の二人にも挨拶をし、それに続いて、僕も話す。


 この部屋には、各領の代表と、その従者しかいない。まだ若君は来ないのだろうか......?


 部屋は沈黙に満たされ、衣擦れの音しか聞こえない。


 そのときだった。急に外が騒がしくなったと思うと、多くの足音がこちらに向かってくる。他の者たちも気づいたらしく、怪訝な顔をしている。


 足音が扉の前で止まる。若君が来たのか?


 扉が開く。部屋の外は暗くなっている。急な訪問者の顔が、部屋の明かりに浮かび上がる。先ほど案内してくれた使いの顔だと分かり、安心した。だが、様子がおかしい。顔は白く、その目は恐怖に満ちている。


「あの、どうしたんで......」


 声をかけようとしたとき、どさりと音を立ててくずおれた。


 え?

 

 皆、席から立ち上がり、倒れて血を流している使いを驚いたように見つめる。


 いったい、どうなっている?


 ロンは、急いで近づいてしゃがみ、息を確かめようとする。不思議と冷静に動くことができた。だが、廊下の闇から急に、何者かが出てきたことには気づかなかった。


 ソフィーの声で上を向いたときには、もう遅かった。その謎の人物は、すでに剣を振りかぶり、今にもロンの頭をたたき切ろうとする。


 ソフィーの悲鳴が聞こえる。


 迫る死を前に、僕はただ、その剣を見ていることしかできなかった。

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