第1話 屋敷の中の謎
神がこの地に訪れたとき、大地は濃い霧に満たされていた。
神は言った。「私に似たように人を造り、あらゆる生物を服従させよう」
神は霧を晴らし、この地を統べることを『人』に命じた。
『人』は自身の子供たちに、四つの領を分け与えた。
___________________________________________________________________
「ロン、準備はできたか? 今日はおまえにとって特別な日になるだろうからな。まぁ、あまり緊張せずに、堂々としていればいい」
父の穏やかな声は、不安な心を少し落ち着かせてくれる。
今日は、若君の屋敷へと行かなくてはならない。この地を統べる今上陛下の息子である若君が、四つの領の次代を担う者たちを招いたのだ。
かつて、神がこの地に訪れ、『人』に統治するよう命じたらしい。『人』はこの地を四つの領に分け、それぞれを自身の子供達に治めさせた......と、言われている。四つの領とは、アダマス領、ルベル領、セフィルス領、スマラグドス領のことである。
「他領の者たちと近づける良い機会だからな。」
そう言った父は笑っているが、とてもそんな気分にはなれない。
なぜなら、噂で聞いたところ、他の領の代表として来る者たちが、自分とはまったくかけ離れた人たちだからだ。
全てが完璧で、非の打ち所のない騎士や、天才と呼ばれる魔法使い。さらには奴隷を飼っている恐ろしい姫までいるらしい。
それに比べ、僕には何もない。
でも、別にそれでいいと思っている。スマトラグラスの豊かな自然と、永遠の春の中で過ごせるのなら。
僕はひっそりと、静かに暮らしたいだけなんだ。
「よし、そろそろ出発だな。気をつけてな」
「辛かったらすぐに帰ってきてもいいのよ? ソフィー、ロンを頼みましたよ」
「はい、奥様。心配しなくても大丈夫ですよ。ロンは意外と、しっかりしていますから」
胸をどん、とたたきながら、ソフィーは元気に言う。
今回の催しには、従者を一人連れて来ても良いと、招待状には書かれていた。ソフィーとは、小さい頃から仲良くしており、従者と言うよりは、友達みたいなものだ。
「さあ、行こう。ロン」ソフィーは言うと、にっこりと笑う。
並んで歩き、二頭立ての馬車に二人で乗り込む。僕は心を決めると、馬車はゆっくりと走り出した。
「あれが若君の屋敷? 何か、すごいところに来ちゃったね......」
「ここからは、言葉遣いには気をつけてくれよ。」
ソフィーはこくりと頷き、目をキラキラと輝かせている。
その荘厳な屋敷は、森に囲まれており、草木や花が辺りを彩っている。屋敷を囲むように塀があり、完全に外の世界と独立したような雰囲気を漂わせている。
馬車が止まり、ソフィーはさっと飛び降りる。ロンの手をとり、降りるのを手伝った。小さい頃からの付き合いで、仮にも主と侍女という関係だが、ドキドキしてしまう。
ソフィーに顔を見られないように、歩いて行く。
すでに馬車が三台停まっている。おそらく、他の領の者たちのだろう。
「ロン・スマラグドス様ですね。お待ちしておりました。案内を仰せつかっております。どうぞこちらへ」
使いの者に導かれ、門をくぐり、歩いて行く。庭はとても広く、池まである。
使いの者が屋敷の扉を開ける。天井はとても高く、中央には噴水があり、至る所に壺や絵画などの美術品が飾られているが、どこか薄暗く、不気味な雰囲気に包まれている。噴水を囲むように階段があり、二階へと続いている。
一階の奥にある部屋が気になり立ち止まったが、ソフィーに背中を押され、まぁいいかと歩き始めた。
ソフィーはきょろきょろと周りを見ている。みっともないと注意しなければと思ったが、気持ちは分かるので、好きにさせてやろうと、何も言わずに横目でソフィーの様子を見ていることにした。
そうこうしている内に、目的の部屋に着いたらしい。使いの者が守衛に合図し、大きな扉を開かせる。
落ち着け、大丈夫だと、心の中で言い、顔を上げる。
部屋に入り、辺りを見る。奥には暖炉があり、炎が揺らめいている。その手前には長机があり、燭台が灯されている。椅子が二つずつ、向かい合うように並んでいる。
左奥には、紅く燃えるような髪を揺らし、力強い瞳でこちらを見ている少女が座っている。彼女がおそらく、ルベル領の姫、ルチア・ルベルだろう。隣には、黒い髪の少年が、微動だにせず立っており、腰には刀を差している。どうやって持ち込んだのか、武器の持ち込みは禁止されているはずなのだが。
手前には、腰まである白銀の髪を一つに並べた、やや身長の低い少女が座っている。彼女が、天才と呼ばれる、シバ・アダマスだろう。アダマス家の者は、魔法が使えると言われている。その中でも、彼女は特に秀でた才能を持っているらしい。隣には、かなり体格の良い男が、腕を組んで立っている。これだけの体格ならば、武器がなくともどうにでもなるのだろうな。
一方、右奥には、青い髪の、美少年が姿勢良く座っている。ミカ・セフィルス。優秀な騎士を多く輩出する、セフィルス家の長男である。長身で、整った顔立ち、騎士としての実力から、セフィルス領はもちろん、王宮内の女中や他領の者たちにまで人気である。隣には、黒く長い髪のメイドが、物静かに佇んでいる。
黒髪の少年が刀を差しているのに、ミカが剣を持っていないことに違和感を覚える。
「そんなところに突っ立ってないで、さっさと座ったらどう?」
勝ち気で、自信にあふれている声に、びくりとしながら、空いている手前の椅子に座る。
「あんたが、あのスマラグドス領の跡継ぎ? なんか、パッとしない顔ね」
「失礼ですよ、ルチア殿」
「セフィルス領のミカといいます。あなたのことは噂で耳にしたことがあります。これから、よろしくお願いしますね」
男にしては美しすぎる顔で、目を細めて微笑む。性格も完璧だなと思っていると、ソフィーが腕をつついてくる。
「ロン、何か言わないと」
そう言われてハっとする。どうやら、ぼーっとしてしまっていたようで、あわてて自己紹介をする。
ミカが率先して、他の二人にも挨拶をし、それに続いて、僕も話す。
この部屋には、各領の代表と、その従者しかいない。まだ若君は来ないのだろうか......?
部屋は沈黙に満たされ、衣擦れの音しか聞こえない。
そのときだった。急に外が騒がしくなったと思うと、多くの足音がこちらに向かってくる。他の者たちも気づいたらしく、怪訝な顔をしている。
足音が扉の前で止まる。若君が来たのか?
扉が開く。部屋の外は暗くなっている。急な訪問者の顔が、部屋の明かりに浮かび上がる。先ほど案内してくれた使いの顔だと分かり、安心した。だが、様子がおかしい。顔は白く、その目は恐怖に満ちている。
「あの、どうしたんで......」
声をかけようとしたとき、どさりと音を立ててくずおれた。
え?
皆、席から立ち上がり、倒れて血を流している使いを驚いたように見つめる。
いったい、どうなっている?
ロンは、急いで近づいてしゃがみ、息を確かめようとする。不思議と冷静に動くことができた。だが、廊下の闇から急に、何者かが出てきたことには気づかなかった。
ソフィーの声で上を向いたときには、もう遅かった。その謎の人物は、すでに剣を振りかぶり、今にもロンの頭をたたき切ろうとする。
ソフィーの悲鳴が聞こえる。
迫る死を前に、僕はただ、その剣を見ていることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます