〖魔王〗がインストールされました④
翌日の早朝。
俺とライラは某ダンジョン前に足を運んだ。
すでに参加予定のパーティーが複数集まっていた。
ランキング上位に名を連ねる有名ギルドのメンバーも多数いる。
「これだけいれば、俺がいなくても平気そうだな」
「気を抜くな。相手が星食いなら、真に対抗できるのはお前さんだけかもしれんぞ」
「……そんなに強いのか」
「強いという次元で収まらん。奴らは世界の法則、常識を歪めてしまう。星に住む生物を食らい、植物を食らい、大地を食らい、天すら呑む」
ライラの説明を聞きながら俺は息を飲む。
そんな相手とこれから対峙しなければならないのか。
「過去の人間も戦ったんだろ? どうやって勝ったんだ?」
「さぁな。忘れた」
「お、おい……」
「仕方ないだろ。もう何千年と前の話だ。英雄譚にでもならぬ限り、私の記憶には残らん。楽しかったのかも、苦しかったのかも……何もな」
そう語るライラは、いつになく悲しそうな横顔を見せる。
見た目は少女だが、彼女は人間ではない。
あらゆる世界の英雄譚を保管する大図書館、その管理人だ。
彼女は生きているのではなく、ただ存在辞し続ける。
何千年前も、この先の未来もずっと。
世界が続く限り、彼女の時間は永遠に流れ続ける。
そんな日々、俺にはとても……。
「なんだ? 同情してくれるの? 私の寂しさを慰めるなら、お前さんの痕跡をこの身体に無理やり刷り込むのがおすすめだぞ」
そう言って胸を揺らす。
「お前なぁ……」
「ふふっ、寂しさも一緒に忘れる。気にするな」
「……」
彼女に俺の感情が伝わるように、逆のことも起こる。
今のは、嘘だ。
孤独は、寂しさは、彼女の中に……。
「――気を付けろ! 入り口から何か来るぞ!」
探索に集まった冒険者の一人が声を上げる。
一気に警戒し、入り口前で皆が武器を構え始める。
俺の剣の鞘に触れ、ライラは俺の背後に隠れた。
「……来るぞ、この気配……間違いなく――」
入り口から現れる。
漆黒のモヤが、異形の波を作りあふれ出す。
「あれが……星食い」
なんだ?
この全身が凍えるような寒気は。
強力なモンスターと対峙した時に感じる悪寒?
いや、明らかに別物だ。
生き物がもつ根源的な恐怖よりも色濃く、冷たく内部に突き刺さるような寒気が襲う。
歴戦の猛者たちも、その異様さに一瞬ためらう。
「行くぞ! 未知のモンスターを討伐し、ダンジョンを制覇する!」
「お前さんも抜け! 今の君は――」
「ああ!」
偉大なる英雄たちよ。
どうか俺に力を貸してくれ。
スキル発動、『剣帝』。
戦闘が開始される。
入り口からあふれ出るモヤは、モンスターのような形に変化し俺たちを襲う。
不気味だが、剣で斬れるし魔法で砕ける。
倒せない相手じゃない。
問題は量だ。
「このまま中に押し込むぞ!」
冒険者の一人が叫ぶ。
外に星食いがあふれ出ないように、戦線を前へと進める。
さすが上位ギルドのパーティーだ。
未知のモンスターに対しても的確に対処し、次々に倒していく。
これならダンジョン制圧も近い。
と、思った時に悲鳴が響く。
「ぐあああああああああああああああ」
「なんだ? あれは……人間?」
俺たちの前に、黒いモヤに覆われた人間が立ちふさがる。
戦慄する。
その姿は、顔は、忘れるはずがない。
「……コロス、コロス……」
「カインツ」
俺たちの前に現れたのは、先に攻略に出たパーティーの冒険者たちだ。
生きていたことを喜べる様子ではない。
明らかに異常だ。
肌は黒く変色し、よだれをたらし、白目を向ている。
これじゃまるでアンデッド、動く死体だ。
「星食いに吞まれたな。負の感情が強い人間は、星食いに取り込まれ、自らの星食いへと変貌する。あれはもう、お前さんが知る奴とは違う。ただの怪物だ」
「……でも――」
動揺し、剣先が鈍る。
ライラの言う通り、目の前にいるのは敵だ。
それでも、姿形はよく知る人物で……。
「レオルス……」
「カインツ?」
「オマエ……サエ……イナケレバ……コロス」
「っ……」
「迷うな。あれは負の感情の亡者だ」
俺は剣を力いっぱいに握りしめる。
覚悟とは違う。
受け入れろ。
カインツのことは好きにはなれない。
それでも、短い時間でも、共に過ごした仲間だ。
だからこそ、俺の手で終わらせる。
「お前さんは間違っていない。私が証明してやる。英雄が間違ったことなどするものか。私が見続け肯定する限り、お前さんは正しい」
「――ありがとう」
ライラの言葉に背中を押され、俺は剣を振り下ろす。
かつての仲間に。
これが、正真正銘、最期の言葉だ。
「さようなら、カインツ」
ごめん。
俺には帰るべき場所がある。
だから押し通るよ。
たとえ、仲間の死体を踏み越えてでも。
「俺には……生き残りたい理由があるんだ」
「それでいい。苦悩も後悔も乗り越えてゆけ。お前さんの全てを、私は肯定するぞ」
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