〖設立〗がインストールされました④
組合が管理する施設の一つに、訓練場がある。
許可をとれば冒険者でも自由に使える場所で、かなりの広さがあった。
俺たちは訓練場に移動し、模擬戦前の準備をする。
「なんか面白そーなこと始まったな」
「ボスの結晶をかけて勝負だとよ」
「どこのギルドだ?」
「ワイルドハント。新人同士のもめ事っぽいが、支部長も絡んでるみたいだし見物していこうぜ」
なぜか見物人まで集まってきていた。
ちょうど組合にいた冒険者が噂を持ち帰り、人を集めてしまったようだ。
準備運動をする俺の隣で、ライラが言う。
「まるで見世物だな」
「実際その通りだよ」
「これで負ければ恥を晒すな」
「そうだね……お互いに」
俺の下にカインツが近づいてくる。
完全武装で準備万端だ。
彼はニヤリと笑みを浮かべ、俺のことを見下す。
「逃げねーとは殊勝な心がけだな、レオルス」
「逃げるわけないよ。俺はカインツとは違うんだ」
「っ、ふざけやがって。昨日のまぐれ一回で調子に乗ってんじゃねーぞ!」
「昨日の? 何のことですかリーダー」
後ろからひょこっと顔を出したロゼがカインツに尋ねる。
カインツは目を逸らす。
「気にすんな。それより集中しろ。手加減なんて考えるんじゃねーぞ」
「はい。もちろんです。悪い人にはお仕置きが必要ですから」
「そうだな。結晶だって卑怯な手段で手に入れたんだろ? お前がボスを倒せるわけねーもんな!」
「いいや、残念ながら事実だ。私がこの目で見ているからな」
ライラが胸を張り、まるで自分のことのように自慢げに語る。
「その声……昨日の声はお前だったのか」
「ああ、ライラだ。よろしく……挨拶も必要ないな。どうせもう関わることはないし」
「はん! 誰か知らねーがいい度胸だな。それに悪くない身体だ」
カインツはライラの姿を嘗め回すように見る。
彼は女好きの最低男だ。
ライラの容姿は美しく、小柄だけどスタイルもいい。
肌を露出する服装も相まって、カインツの欲情を誘惑している。
「おいレオルス、俺が勝ったらその女をよこせ」
「は? 何言ってるだ?」
「いいだろ。どうせ負けたらお前は一生冒険者には戻れない。そんな奴と一緒にいるより、俺と一緒のほうが幸せだよな?」
こいつ……何が幸せだ。
ライラの身体が目当てだって顔に書いてあるぞ。
どこまでも最低な男……こんな奴に――
「生憎だが無理だよ。私とレオルスは運命共同体だからな」
「ライラ」
「私はレオルスから離れられんし、レオルスも私を離さん。昇る時も、落ちる時も一緒だ。そうだろう?」
「――ああ」
俺がライラを守る。
ライラが俺に力をくれる。
信頼とか友情よりも確かな利害の一致が、俺たちを結んでいる。
「それに、私にも男を選ぶ権利はあるからな! どこぞの筋肉達磨より、お前さんのほうが私の好みだよ」
「――あ、ありがとう」
なんだか照れるな。
建前だとしても。
「……っ、そうかよ。だったら無理やり奪ってやる」
「無理だな。お前さんではレオルスには勝てん。そうだな? もって十秒か」
「この女……絶対に泣かせてやる。首輪つけて飼い慣らしてやるよ!」
「ひどい趣味だなぁ……まったく、私の純潔がピンチだぞ? 怖いなー、普段だなー……どうする?」
微塵も思っていない癖に。
俺は気が抜けて笑ってしまう。
「決まってる――勝てばいいんだ」
「そうだな! 私のことを守ってくれ」
「ああ!」
「お二人とも、準備が終わりましたら中央にお集まりください」
ラクテルさんの声が聞こえて、俺たちは睨み合いながら訓練場の中心へと向かう。
俺一人と、カインツ率いる四人パーティーが向かい合う。
「あの女はいいのか?」
「戦うのは俺の役目だからね」
「はっ! 何が役目だ。女の前で格好つけやがって、これから大恥かくんだぞ?」
「恥をかくのはカインツ、君のほうだよ」
不思議に思う。
俺ってこんなにも、対抗意識とか強かったかな?
カインツが相手だから?
これまでの不平不満があふれ出て、普段よりも強気になっているのか。
それだけじゃない気がする。
きっと、俺の中にいる英雄たちが、みんな戦いが好きな人たちばかりだからだ。
「ルールを確認します。殺す以外ならば何をしても構いません。お互い、全力を見せてください」
「ああ、ひねりつぶしてやるよ」
「……」
俺の中の英雄たち、こんな下らない戦いに巻き込んでしまってすみません。
でも、俺にとっては大事な戦いなんだ。
カインツたちに勝って、過去の自分と決別する。
新しい一歩を踏み出すために。
「それでは、始め!」
「十秒もかからねーよ!」
カインツが飛び出す。
剣を抜き、豪快に、まっすぐに俺の眼前に迫る。
遠く見守るライラから、俺に問いかける声が聞こえた。
「――さぁ、今の君は誰だい?」
――【剣帝】。
遅れて抜いた剣が、カインツの斬撃を受け止める。
両手で、全力で振るったカインツの攻撃を、俺は片手で防いだ。
「なっ……」
「リーダーの攻撃に反応した!?」
「……」
カインツも、ロゼたちも驚いている。
速くて、鋭くて、重い。
それがずっと近くで見てきたカインツの剣の印象だった。
でも今は……。
「遅くて、鈍くて……軽いな」
「こいつ――」
ほんの少しだけ、彼に憧れていた気持ちがあった。
俺とは違い、才能あふれる彼は次々に成果を出して冒険者として駆け上がっていった。
その姿を近くで見てきたから……。
俺も、彼みたいな強さがあればと思っていたんだ。
それも、今、終わった。
「さようなら、あの頃の俺……」
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