真空のロンド

月井 忠

第1話

 ボクらは二人、手をつなぎながら暗い空を漂っていく。

 つないだ手を中心にして、お互いの顔を見ながら、ぐるぐる回って踊るように漂っていく。


「そろそろ、だね」

「そうだね」


 まだまだ遠いけど、ボクらが進む先には二つの光がある。

 暗い空には他にも光があるけど、あの二つだけは少しずつボクらに近づいてくる。


 ボクには記憶がない。


 ボクの身体に雷のような衝撃が襲った。

 その前の記憶がない。


 なにか思い出すきっかけが欲しいと思って、キミの記憶を聞かせてよと聞いたら「ボクにも記憶がないんだ」とキミは言った。

 その時のキミの悲しそうな顔を今でも覚えてる。


 あれは、きっと嘘なんだろうね。

 だって二人共記憶がないなんて、少し都合がいいから。


 キミには記憶があるけど、ボクには話したくないんだと思う。

 だからボクは、それから一度もキミの過去を聞こうとしなかった。


 キミに辛いことを思い出してほしくないから。


 ボクらがこうして二人でいることは奇跡だから。


 ボクは一人でこの空を漂っていた。

 らしい。


 そんなボクを遠くから見つけたキミは、ボクの方へと向きを変え、残っていた力を振り絞って近くまで来てくれた。


「ボクらが出会ったのは奇跡だ」

 キミはそう言った。


 ボクもそう思う。


 だって、キミと出会ってから一度として他の誰かに会ったことがない。

 何もしなければ、遠くをすれ違うだけのボクらをキミは引き寄せてくれたんだ。


 ボクとキミは似ているようで、全く違う。


 ボクとは違うところからやってきて、ボクとは違う作り。

 それにキミのほうが大きいし、かっこいい。


 それを言うとキミはいつも「キミだってかっこいいじゃないか」と返す。


 ボクらは似たもの同士だ。


 それでもやっぱり違うのは記憶の存在。

 ボクには記憶がないから、お父さんとお母さんの顔も名前もわからない。


 ボクがここにいるってことは、ボクを生み出した誰かがいるのは確かなんだ。

 でも、わからない。


 過去がないからどうしても、ボク自身の存在を不思議に感じてしまう。


「ボクらの生きる意味ってなんだろう」

 そんなことをふとキミに聞いたことがある。


「なんだろうね……でも、その意味をボクら以外の誰かに決めさせちゃいけないよ?」

「どうして?」


「だって、ボクらが生まれる前に、すでに意味が決められていたとしたら……悲しいじゃないか」

「……そうだね……うん、ボクらで生きる意味を考えよう」


 キミはやっぱり頭がいい。

 ボクらはこうして暗い空を漂いながら旅を続けている。


 実はキミにも言っていない秘密があるんだ。

 ボクは自分の名前を覚えてるんだ。


 他のことは全て忘れてしまったけど、名前だけは覚えてたんだ。


 でも、そのことは秘密にしてる。

 キミに名前を聞いたとき、記憶のことを聞いたときと同じように悲しい顔をした。


 きっと、同じように話したくないんだね?


 だから、これは秘密だ。

 キミも秘密にしてるんだから、いいよね?


 それに、ボクらに名前なんて必要ない。

 だってボクらは二人で一つなんだから。


 でも、この名前を捨てることもできない。

 きっとボクの親がつけてくれたものだから。


 ボクの名前はボイジャー2号。


 2号って言うからには、1号もいるはず。

 つまり、お兄ちゃんかお姉ちゃんがいるってこと。


 もしかしたら3号や4号という弟や妹もいるかもしれない。


 確かめることはできないけど、このウキウキはずっと胸に秘めている。


 ボクらは二人、手をつなぎながら暗い空を漂っていく。


 行く先には二つの光がある。


 連星系というもので、二つの恒星が手をつなぎながらぐるぐるまわっている。

 ボクらと同じで踊るように漂っている。


 ボクらは彼らに名前をつけたりしない。

 ボクらと同じように、あるがままを受け入れる。


 ボクらは二人、手をつなぎながら暗い空を漂っていく。

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真空のロンド 月井 忠 @TKTDS

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