第41話 クレーンゲーム
帰途から逸れて渋谷の地面を踏みしめた。人の流れに乗り、排水溝に吸い込まれる水のごとくモールの入り口に殺到する。
制服をまとってショッピングモールに踏み入ったのは初めてだ。いけないことをしたみたいで胸が高鳴る。
「どうしたの? 行くよ」
魚見が足を前に出した。
すでに買う物は決めているようだ。迷いのない歩みに続いてエスカレーターに靴裏をつける。
「あ!」
視点の上昇が収まった頃合いになって魚見が駆けだした。パタパタと床を踏み鳴らしてゲームセンターに踏み入る。
魚見もゲームするんだなぁと思いつつ華奢な背中に続く。
モデル体型がクレーンゲームの透明な隔てに両手をつけていた。
「何か欲しいのがあるのか?」
「うん! これこれ!」
魚見が表情を輝かせてほっそりとした人差し指を向ける。指の先端が指し示す先にはキーホルダーがある。ブルドックをデフォルメ化したような、キモ可愛さが一周回ってむしろ不細工なキャラクターだ。
「何かのアニメのキャラか?」
「うん。可愛いでしょ」
「ん……ああ」
「何? その
冷ややかな視線を向けられた。頑張って肯定したのにひどい扱いだ。
俺は仕切り直すべく意図して喉を鳴らした。
「それで、どうするんだ?」
「やるに決まってんでしょ」
魚見がカードをかざして機械に読み取らせる。ピッと電子音が鳴り響き、魚見が前傾姿勢になってボタンに手を伸ばす。
「魚見は経験あるのか?」
「しっ! 黙ってて」
俺は口をつぐむ。黙してUFOみたいなクレーンを視線で追う。
目をチカチカさせる奇妙な物体が下降し、左右に分かれたアームがキーホルダーの隣で綺麗なOの字を描く。そのまま上昇してスーっと戻っていった。
端正な顔立ちがキッとにらむ。
「何でアドバイスくれないの⁉」
「理不尽だ!」
魚見がめげずに再挑戦する。失敗に終わったらまたカードをかざして、ピンク色の舌で口端を湿らせる。
すごく新鮮な光景に映る。魚見がここまで一生懸命になっている姿を見たことはあっただろうか。
魚見は何でもそつなくこなすけど、どこか一線を引いていた気がする。今目の当たりにしているのが本当の魚見なんだろうか。
「あーっもう!」
我に返った頃には魚見の嘆きだけがあった。
「これ理不尽じゃない?」
「ああ、理不尽だ」
魚見がな。
もちろんそんなことは口にしない。苛立っている魚見にそんな指摘をしたら何をされるか分かったものじゃない。
告げようとした内容を呑み込んで、次に投げかけるべき言葉を思考する。
「どうする? 再挑戦していくか?」
「したいのはやまやまだけど、正直取れる気がしないんだよね」
む~~。煮え切らないうなり声がゲームセンターの騒々しさに溶ける。
「取ってやろうか?」
整った顔立ちがバッと振り向いた。
「取れるの⁉」
「取った経験はある」
もっとも数年前の話だ。朱音が欲しがった人形を取るために、映画を見た帰りにクレーンゲームをした。何度か失敗したけどコツをつかんで、最後には景品を勝ち取った。
懐かしい。当時の朱音は素直で可愛かった。魚見にもそんな時期があったのかと思うと胸が熱くなる。
思い出にふけっていると真剣な表情に見据えられた。
「萩原お願い、取って。私のために」
「ただの女友達に言われてもぐっとこないなぁ」
そう言いつつ肩を上下させた。ピッとした電子音に遅れてボタンに腕を伸ばす。
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