第34話 くびれとおへそ


 ダンスの練習は毎日行われる。


 授業の時間を割く以上は練習もまた授業。生徒に拒否権はないに等しい。ダンスは一人でやるものじゃないし、誰かが崩れたらそこからほころびが生じる。父兄に見せる以上は学校としても手が抜けない。


 俺たち生徒も、周りの足を引っ張りたくない一心で頑張って覚える。当日を迎えるまでには形になっているに違いない。


 俺たちが気にすべきは競技の方だ。


 部活所属者をより多く保有するクラスが有利になる。勝ち星を増やすにはクラス全体のスペックを上げるしかないものの、競技の練習に授業時間は割かれないから練習を強制できない。


 勝った時のメリットが乏しいのだ。モチベーションの上がり方も人それぞれ。練習を強要すれば文化祭前のようにクラス内で不和が生じる。どのクラスにも降りかかる難しい問題だ。


 そういう意味では、俺たちのクラスは有利と言える。 


「いいね、その調子!」


 燈香が仲間からのパスを受け取り、まくられた袖から露わになった腕をしならせる。


 直線軌道で突き進んだボールが女子の肩に当たって跳ね返った。


「あーあ、秋村の奴容赦ねーなぁ」


 あちゃーと言いたげな声色がグラウンドの空気を震わせた。体操着姿の丸田はいかにも他人事だけど、男子ドッヂボールに出場することが決まっている。


 聞けば、丸田のおにぎりをわしづかみにした上級生も白組で出場するらしい。男子ドッヂの本番が楽しみだ。


「こうして見ると、秋村ってほんと見栄えするよなぁ」

「何だよいきなり」

「だってよ、他の女子と比べて明らかに背高いじゃん。手足も長いから運動すると目を引くし、袖から見える二の腕が良い感じだし」

「そうかい」

「萩原もそう思わねえ?」

「思わない」


 本当は分からなくもないけど、それを口に出したら負けな気がする。


 だから何も思わない。肩までまくられた袖から伸びる二の腕も、華奢な体が動くたびに揺れるポニーテールを見ても俺は一切そそらない。


「えー本当かよー」

「本当だって。大体お前の見栄えって三文字に置き換えられるやつだろ?」

「お前もか。萩原さんのえっちー」

「誰もそうは言ってないだろ!」


 思わず声を張り上げた。可笑しそうに笑われて、耳たぶがお風呂でのぼせたみたいに熱を帯びる。


 叩いてやりたい、目の前のおにぎりを。頭頂に綺麗なもみじを咲かせてやろうか。


 衝動をこらえた。俺は理性ある人間。丸田とは違うんだ。


「お前と一緒にするな。大体エロいって言うなら、何でそれを海水浴の時に言わなかったんだよ」

「水着姿の女友達に言えるかそれ?」

「言えないな」


 浮谷さん辺りなら許されるかもしれないけど俺には無理だ。言い切る前に声を空気に溶かす自信がある。


「だろ? それに海水浴の時はお前ら交際中だったしな。やっぱ彼氏いるいないはでけーよ」

「なあ丸田、もしかして」

「さっきからなーにえろい話してんの男子ども」


 狙ってるのか? そう告げようとしてバッと振り向く。


 魚見が目を細めて歩み寄った。


「魚見か。びっくりさせるなよ」

「何その反応おもしろっ。私が言いふらさないって思ってるでしょ?」

「ああ。魚見華耶はひどいことしない」

「ほんとかなー? まあ最高の女は告げ口しないかもね」

「魚見華耶はとっても綺麗で最高の女です」

「よろしい。後でジュースをおごる名誉を進呈しよう」

「ありがたき幸せ」

「えー俺金欠なんだけど」

「みんなー丸田が!」

「わああああやめろ!」


 慌てふためく丸田をよそにボールが放物線を描く。


 外野エリアに立つ女子がボールをキャッチした。投擲とうてきに自信がないのか、細い両腕が無駄に大きく振りかぶられる。


 精密な投擲には向かない投げ方。案の定ボールの軌道はぶれぶれだ。


「ごめーん!」

「大丈夫だよー」

 

 燈香が走って跳躍し、的外れな方向に跳ぶボールを両手ではさんだ。重力に引かれた拍子に上着のすそがめくれ上がり、くびれのある腰とへそが露わになる。


 俺は反射的に左手で丸田の目を覆った。


「おわっ⁉ 何だよ急に!」

「ジュースもおごれない者に最高の女を見る資格はないと思って」

 

 燈香のシャツが元の形を取り戻した。投げ放たれたボールが最後の一人を捉えて、細い腕がガッツポーズを取る。弾けんばかりの笑みが質素なグラウンドを華やがせた。


 本当にいい笑顔だ。あんな笑みを見せられたら、非協力的なスタンスを忘れて練習の誘いに乗ってしまう。ああいうのも一種の魔性と言うんだろうか。


「なあ萩原。お前、本当に秋村と別れたんだよな?」


 振り向くと丸田が神妙な面持ちをしていた。


「そう言っただろ」

「まあ、そうだけどよ」


 俺は視線を燈香に戻す。

 

 クラスメイトにサボるなと声かけされるまで、仲間と反省会をする横顔を眺めた。

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