エピローグ

 学校帰りに街で友人たちと別れたミユは、夕日が沈む河原を一人歩いていた。人気ひとけはなく、不思議と水の流れる音も聞こえない。

 ミユが橋のたもとまで来ると、一匹の黒い子猫が長い影を揺らしながら現れた。痩やせた体に大きな目がギョロギョロとよく動く。

 ミユはリュックの中から小さな袋を取り出すと、封を切って煮干しを一匹取り出した。


「……ほれ……」

 ミユが座って手を伸ばすと、子猫の目が光った。

「探したぞ……よくも我を殺してくれたな」

「何言ってんのっ、しっかり生きてるじゃないっ、あんた猫になったの?」

「もはや死んだ生き物に乗り移ることしかできなかったのだ、お前のせいでな」

「可愛くないわねーっ」

 腹を空かせているらしい子猫は、ミユの手に近づくと煮干しに噛みついて、あっという間に食べてしまった。


「何で出て来たのよ」

「お前と契約をするためだ、断れば呪詛じゅそをかける」

「なんで死んだ人間に乗り移らなかったの?」

「壊れていない新鮮な人間の死体など、どこにも落ちとらんからだ」

「だよねー、すぐに燃やしちゃうしねー」


「ミユ、我と契約をしろ。さすれば我は力を取り戻し、お前に永遠の命を約束しよう」

「テナテナリのおばちゃんとの契約はどうなったの? いくら呼んでも出てこないって怒ってたわよ」

「我は向こうの世界で死んだのだ。故にテナテナリとの契約は消滅した」

「それならもうこれいらないよね、私と契約したら元気になるんでしょ?」

 ミユは煮干しの袋をリュックに戻した。

「いや……我は腹が空すいておる……」

「にゃーって言ってみ? にゃーって」


「…………に……にやー……」


「あんまり可愛くないなー」

 ミユがしぶしぶ紙皿に煮干しを入れると、子猫はガフガフと音をたてながら一心不乱に食べ始めた。

「そんなに急いだら喉につまってまた死ぬよ?」

 そう言うと、ミユは左手の小指にはめた指輪でそっと子猫の頭を撫でた。


〝バチンッ〟


 光って弾けた指輪が子猫に巻きつくと、赤い首輪になった。

「なっ、何をした!」

「ほっほっほっ! これであんたは私の使い魔よ」

「なん……だと……」

 子猫はあわてて首輪を引っ掻かいたが、主人となったミユでなければ外せないことを知っていた。

「いずれ私の前に現れるからって、テナテナリのおばちゃんから渡されたの。契約の指輪だって」

「呪いの赤い輪か……魔女め……」

「いいじゃない、私が可愛がってあげるから」

「我を誰だと思っている!」

 ミユはそばに生えている雑草を引き抜いた。


「ほれほれっ!」

「ニャッ!? ニャニャーーーーーッッ…………ニャッ!?」


 子猫は猫じゃらしに釣られた自分に気づいてもう一度死にたくなった。どうやら乗り移った子猫の死骸が新鮮すぎて、本能が残ったままになっているらしい。

「今のはちょっと可愛かったかなー、よーしよしご褒美っ!」

 ミユはリュックからペット用の餌を取り出して並べた。

「犬、鳥、ウサギ、ハムスター、フェレット用も買っといたけど、どれがいい?」

 子猫はテナテナリとミユの罠にはめられたことを理解した。

「あんた運がいいわよーっ、私は猫派だからねー」

 ミユは嬉しそうに猫缶の蓋を開けると、紙皿に移した。

「ガフガフガフッ」

 子猫の食いつきが半端ではない。よほど美味しいのか、泣いているようだった。

「それとさ、私以外の人前で喋っちゃダメよ、そんな猫いないからね。あっちの世界でも猫は人の言葉を話さないんでしょ?」

「ガフガフッッ」

「ちょっとっ、聞いてるのっ?!」

 ミユは食べるのに夢中な子猫を抱え上げた。

「明日から夏休みなんだから、またあっちに行くわよっ!」

「……夏休みとは何だ」

「長ーい休みよ」

「我は元いた世界に用事などない、行きたければ勝手に行け」

 ミユは子猫に顔を近づけると、白い炎を目に浮かべた。


「お宝はどこにあるの?」


「……やはりそれか……」

「あんたならどこにお宝が眠ってるかぐらい知ってるでしょ?!」

「当然だ……しかし、ひ弱なこの体では危険な場所が多いのでな、行く気はない」

「私が守ってあげるから大丈夫だって!」

「お前の力は大きいだけだ。魔物を相手に戦ったことなどほとんどないだろう。話にならん」

「それじゃ案内しながらでいいからさっ、私にいろいろと教えなさいよっ!」

「……面倒だ……あの二人の子供にでも頼め……いくらかマシだ」

「二人の子供って、ギリーちゃんとブランね! おっけーっ」


 ミユは満腹になった子猫をリュックに入れると、夜の道を家路についた。

「そういえば、あんたの名前ってなんて言うの?」

「我に名などない。性別もないぞ」

「えーっと、魔王だから……マオでいいか。あんた今からマオだからねっ」

「何とでも呼べ……」

 月に照らされた夜の道は明るかった。

「今度こそ絶対にお宝を手に入れてやる!」

「懲こりんヤツだな……」

「ほっほっほっ、ミユにおまかせ!」


 『ミユにおまかせ!』 終

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