第10話 森の上の危機

 満月が輝く森の頂は、黄金色こがねいろ草原くさはらのように揺れていた。

 ようやく再会を果たした三人は、森の上で朝を待つことにした。なんと言っても鳥の巣は、三人が手足を伸ばしても楽に寝られるぐらいに大きく広く、頑丈にできていた。

「ミユが連れて行かれたその家ってのは、もしかしたら《白庭しろにわやかた》じゃないか?」

「白庭……? そういえば白い花ばっかり咲いてたわ。魔物が嫌がるんだって」

「それって、エルフが隠れ住んでるっていうまよいのお屋敷だよね、本当にあったんだ」

 その屋敷の庭は魔法の迷路になっており、小径を正しい順番で通らなければ決して玄関には辿り着けないのだった。

「それで二人は、この森で何やってたの?」

「いや、しばらくはこの近くの丘にいたんだけどな、ギリーが昼飯の途中でキノコが食べたいなんて言いだすから……」

「だって魚の付け合わせには炒めたキノコが欲しいじゃないっ」

「ギリーちゃんてグルメよねー……」

「森にキノコを探しに入ったら魔狼まろうの群れに遭遇したんだ。この聖樹に助けられたから良かったけど、おかげでナマズを食べ損ねた」

「お腹すいたねぇ……」

「なるほどね」

 ミユはリュックの中から白い葉っぱの包みを取り出した。

「じゃじゃーん! お土産にお弁当をもらったのっ、食べる?」

「私は女神を召喚したのよ!」

「後光がまぶしいっ!」

「ほっほっほっ!」

 ミユの頭上で月が輝いていたのは単なる偶然である。

「二人とも分かってると思うけど、明日の朝は早いからね、食べたらさっさと寝るのよ」

「ミユさん、その心は?」

「もちろんお宝探しよ!」

「だろーなー、この女神には逆らえそうにないぞ」

 焼いたサンドイッチのようなエルフのお弁当は、薄味で素朴だけれどちょっと心に染みて美味しかった。

「レッドドラゴンのお肉も美味しかったな……」

「ちょっとミユさんっ、レッドドラゴンの肉って……」

「一頭で家が建つっていう、超絶極上最高級な肉だぞ……」

「もう遅いし寝ましょうか」

「ちょっとミユさんっ」

「おいミユっ」


 次の日の朝は風もなく、森の上は静かでさわやかだった。しかし、鳥の巣から木の下に降りようとした三人は、信じられないものを見て愕然とした。逃げたはずの魔狼の群れが聖樹を囲み、食事が降りて来るのを待ち構えていたのである。ミユが捨てた白い花飾りはとうに枯れてしぼんでいた。

 ギリーは小さな体を硬くして震えた。

「ギリー、心配しなくても大丈夫だ、魔狼はここまで登れないからな」

「えっと……そうじゃなくてね……」

「あいつら私たちがここから動けないのを知ってるのね、頭いいわー」

「あのねミユさん、感心してる場合じゃないの……私そろそろまずいの……」

「まずいって何が?」

 ギリーは顔を赤くしてそっとつぶやいた。

「……おしっこがしたいの……」

「……えっと……ギリーちゃん、そう言うときは花をみたいって言うのよ……てゆーか、実は私もやばいんだけど……いや、めっちゃ芝刈り機で花刈りたいっ」

「ミユ……実は俺もだ」

 三人は緊急事態に陥った。祈りながら何度下を確認しても、魔狼たちはそこを動く様子がなく、暇そうにアクビをしている。

「あいつら徹夜だな……」

「ミユさん……もう私たちお嫁に行けなくなるんじゃ……」

 涙目のギリーはそろそろ限界が近いらしい。

「そうだっ! 聖樹に頼んでオオカミを退治してもらったらいいんじゃない?」

「それはミユが来る前に頼んだんだよ、そしたらさ『狼たちーも森の仲間だーからーなー生きとるからーなあー』だってよ」

「何それ、ダメなの? それじゃ私たちを乗せたままで走って逃げられない? 聖樹って動けるんでしょ?!」

「魔……狼が……ついて……くるだけ……です……」

 ギリーが青い顔で変な踊りを始めた。息を止めて最後の抵抗をしている。

「おおーい、これーをー使ーええーー」

 聖樹の長い枝が、つかんだ蔓草を巣の中に放り投げた。

「小さな実がー付いとるだろー、魔力を込めーてー息をー入れーろー」

「ギリーっ、風船カズラだっ!」

 ギリーは慌てて蔓草つるくさの赤い実に口を付けると、次々と風船のように膨らませていった。

「何これっ、面白いわねーっ!」

「ミユっ、急いで蔓を鳥の巣に結んでくれっ、風船カズラは魔力を蓄えて飛ぶんだ!」

「なるほどっ、そうやって種を遠くまで運ぶのねっ」

 瞬く間にたくさんの風船が膨らむと、ついに鳥の巣は聖樹の枝から外れて空に浮かんだ。

「ギリーっ、よくやったぞ! あとは安全な場所に降りるだけだ!」

「ギリーちゃんご苦労様! 聖樹のおっちゃんありがとうねーーっ、バイバーーイ!」

「グガガガガガアーーーーッッッッ!」

「ゴアアアアアアアーーーーッッッッ!」

 さすがの魔狼たちも鳥の巣が浮かぶ光景を目にすると騒ぎ始めた。もちろん獲物を取り逃したことを理解しているのだが、できることといえば咆哮ほうこうを空に向けること以外になかった。そして、鳥の巣は高く高く空を登り続けると……そよ風が吹いてもちっとも横に動かず、いつまでたっても聖樹の上でふらふらと浮かんでいるのだった。

「……ブラン、ミユさん、私は先にくから……後で来てね……」

 ギリーは残り2秒でカウントダウンを始めた。

「ちょっとブラン! 下に降りて引っ張ってよ!」

「いや待てミユ、そのうち安全な場所に移動するから……」

 ミユの防波堤も決壊寸前である。

「安全な場所……? ギリーちゃんっ、魔法でここに穴を開けられないっ!? ここから落ちなかったらいいの!!」

「グラチェスッ! ブーレット! ブーレット!! ブーレット!!!」

 本能で反応したギリーは早かった。杖を手に取ると鳥の巣の真ん中に全力で氷の弾を打ち込み、貫通させた。

「ブランはあっち向いててっ!」

「次は私だからねっ!」

「女は強いな……」

 金色こんじきに輝く三つの虹が空にかかると、そのあまりの神々しさに魔狼の群れはおびえ、散り散りになり逃げてしまった。これがいわゆる聖水の効果なのか、誰も知らない。


                     〔第10話 森の上の危機 終〕

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