ミユにおまかせ!

花雀

第一部 ミユと荊の魔女

第1話 ついていないミユ

        【第一部 ミユといばらの魔女】 


 学校が終わり、夕暮れの街を一人歩くミユは焦っていた。今月はスマホ代が厳しく、服を買うどころか推しへのお布施も捻出できそうにない。高校生にもなれば、親からの小遣いだけでは人生を維持できるはずもないのだ。

「あーあ、せっかく可愛い制服だったのに……」


『えっ、閉店? このお店なくなっちゃうんですかっ?!』

『ごめんねミユちゃん、また近くにコーヒーショップができちゃったのよ。この辺りはただでさえ激戦区なのにね』

『こんなに可愛いウェイトレスの制服なら、絶対に無敵だと思ってました』

『今のうちに撤退しないと大赤字になるって、本部のお達しなのよ。ごめんね、アルバイト初日にこんな話しちゃって……』

『あの……この制服もらってもいいですか』

『あ、それは別の系列店で使うから返してね、クリーニングはしなくていいから』

『……』


「あーあ、こんなことならママとパパについて行けばよかった……」


『えっ、今から温泉旅行? 私はどうするのっ?!』

『ミユは学校があるでしょっ。それにもらったチケットは二人分だから』

『喫茶店のアルバイトも決まったんだしな、仕事は簡単に休めないぞ』

『……パパ、仕事は?』

『有給を消化しろって会社がうるさくてな』

『食費はこれだけ渡しておくけど、いっぺんに使っちゃダメよ』

『せっかくだから、一人暮らしを楽しむといいぞ』

『寂しかったらお姉ちゃんのアパートに泊めてもらいなさいね』

『私もOLやろうかなー……』

『それじゃあ行ってくるからなっ』

『ミユ、鍵かけといてねーっ』

『…………』


「もらった食費を使い込む手もあるけど……何かいいバイトないかな……」

 青色に変わった信号を渡りながら、ミユはスマホをのぞいた。


 【スケット急募!】 

 《いやし系の人お願いします! 報酬は応相談、初心者歓迎!》


 適当にめくったページが目にとまると、ミユは足を止めた。仕事の内容は書かれていないが、初心者でもできるらしい。

「私って癒し系……なのかな?」

 少なくとも高校一年生の女の子ではある。しかも着ているセーラー服は天使級に可愛い……はずだ。

「もしかしてセクハラ系のバイトかな……下着売るとかはヤだなー、今日はお気に入りの苺だし……」

 働く場所が秋葉原ならやめておこうと思った。

「あ、登録しなくても質問できるんだ」

《いますぐ質問!》

「えーっと……十六歳の女子でもできる仕事ですか、場所はどこですか、時給はいくらですか……」

〝ピポンッ〟

 投稿ボタンを押した三秒後、返信があった。

〝ピロロンッ〟

『大丈夫です私は十一歳の女ですとにかく早くお願いします 場所はここ 報酬はのはのらあふよせせせせ』

 最後は慌てていたようで《場所はここ》の文字を押しても地図が表示されない。とりあえず急いでいるらしいことは分かった。しかも11歳の子供でもできる仕事のようだ。親の手伝いでもしているのだろうか。

「まあいいか」

枕木まくらぎ 美遊みゆ』と名前を入力して《応募する》ボタンを押した。すると、スマホを持つミユの腕が何かに引っ張られた。銀色に光る細い糸が巻き付いている。

「何これ……?」

 しかしそのとき、信号を無視したトラックが、猛スピードで迫っていることにミユは気づかなかった。


「危ない伏せてっ!」

 女の子の叫び声が聞こえると、ミユのほおやりがかすめて飛んで行った。

「えっ?!」

 ミユの足元で、かすかに光る魔法陣が消えた。レンガがき出しになった床が崩れている。ミユは見たこともない廃墟に立っていることに気づいた。夕日で赤く染まった森が近くに見える。

「グルルルルル……」

 獣のようなうなり声に振り返ると、鈍く光った槍を持つたくさんのグロテスクな生き物にミユは囲まれていた。

「えっと、何これ……どういうこと……?」

 頬をつねると痛い。背負ったリュックの重さもしっかりと肩に感じる。生暖かい風がミユの長い髪を揺らした。

「マクラギさん! 早く私とブランの体力を回復して!」

 さっきと同じ声がした。よく見ると、崩れた壁の向こうから大きな杖を持った女の子がのぞいている。横には剣を持った男の子が身を隠しているようだ。

「全くもうっ、最近の子供は……どんな遊びよこれっ!」

 ミユは崩れた床をなんとか渡りきると、二人の前に立ちふさがって上から目線で見つめた。

「あの……マクラギ……さん?」

「私、帰るから!」

「いやいやいや! だってせっかく残った魔力を振り絞って呼んだのに! ほらっ、ブランもなんとか言ってよっ」

「だからギリーが召喚なんて無理だって言ったんだよ」

「だって体力を回復しないと逃げられないじゃないっ」

「それにこいつは癒し系じゃなくって〝いやらし系〟じゃないのか? 名誉ある騎士として言うけどな、スカートが短すぎる!」

「何言ってんのよ! 変なコスプレしといてっ! この制服はカワイイって言うの!」

 ミユは背中のリュックを降ろすと崩れた壁をよじ登り、辺りをぐるりと見回した。

「おい! 危ない!」

「マクラギさんっ! 降りてっ!」

「グロロロロロロロローーーーーッッッ!」

 怪物たちが一斉に槍を構えた。

せろ!」

「マクラギさん!!」

 そのとき、森から強い風が吹いて流れた。

「きゃっ!」

 ミユのスカートがしなやかに舞うと、真っ赤な苺がやさしく世界を包んだ。

「グオオオオオーーーーッッッッ!」

 怪物たちは槍を投げ捨てた。どうやら感激しているようだ。

「ブラン、見たっ?! 今のは魅了チャームの呪文よ!」

「ほら見ろ、やっぱりいやらし系じゃないか!」

 ミユはスカートを抑えると、ブランをにらみつけた。

「何が名誉の騎士よ! がっつり見たでしょっ!」

 心拍が上昇したブランは、少し体力が回復したのだった。


                    〔第1話 ついていないミユ 終〕

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