第11話 同調


 ――あの子、誰だろう。

 変わった格好をしているなぁ。



 机に突っ伏している10歳くらいの子供は、黄色っぽい光沢のある和服に似た衣装を着ている。

 白い長い髪はまだいいとして、耳が魚のヒレみたいで、人間ではないのかと首を傾げてしまう。


 でも――知ってる。そんな気がした。


 部屋の作りも奇妙だ。神殿造りというものだろうか。天井がバカみたいに高い。

 知らないところ。

 それでもやはり、見たことがある気がした。


 子供の周辺に、別の人影が集まりだす。

 彼らもやはり、どこかしら人間とは別の特徴をそれぞれ持っていた。



 ――変なの。でもなんだろう、見覚えがあるような……?



「リュウジュのセイが!」


「なんと涙を!」


「リュウオウたちの身に何事か起きたのではないか!?」


 子供を囲み、彼らは驚き慄いている。



 ――心配はわかるけど、子供が寝ながら泣いてるくらいで、ずいぶん大げさだなぁ。



 呆れるのと同時に、泣かないで、という労わりの気持ちが強く浮かぶ。

 奇妙なことだ。見も知らぬ子供に、これほど感情移入するなんて。


「我らには地上を窺い知ることが出来ぬ」


 一人が無念そうな顔を俯かせた。


「もう何千年、時を無為に過ごしているのか。……気が遠くなるわい」


「言うな! しかし、コレは吉兆か否や」


 子供は周囲の騒々しさなどまるで聞こえていないように、ぽろぽろと玉のような涙をこぼして眠り続けている。


 そんな人々の後ろで、きょとんと首を傾げている、ドジョウひげを生やしたひょろ長い男がいた。この状況を眺めている自分と同じように、疑問を持っているようで親近感が湧く。


「あのぉ~、リュウジュのセイが涙を流すのが、そんなに不思議なんですかぁ?」


 ひょろ長い体型に似合う、のんびりした口調だ。

 周囲にいた者たちは、この若者をすさまじい形相で睨み返す。しかし、中の一人が得心顔で頷いた。


「お前はリュウオウたちがここを去った時、まだ子供だったからな」


 そういえば、と人々は形相を和らげた。


「リュウオウたちが口惜しくも姦計に嵌り、地上に落ちたのは知っているな?」


 ドジョウひげは頷く。


「その時、リュウジュのセイも共に落ちた。あの方の中に宿って」


「あの方とこのリュウジュのセイの抜け殻は、時を越えてもつながっているだろう」


「そして、きっと今もリュウオウたちのお側にいるに違いない」


「だからこそ、この涙は何かしらの知らせではないかと騒いでおるのだよ」


「……ははぁ、そうでしたか。それで“あの方”というのはどなたなのです?」



 ――そうそう、それが知りたいよ。



 思わず身を乗り出した。とたんにぐらぐらと身体が不安定になる。

 そこではじめて気が付いた。



 ――オレ、今どこにいるんだ!? 身体は!?



 己の身体が透けていることにぎょっとした。

 すると急にどこかに引っ張られていくように、この“場”から遠ざかり始める。



 ――ちょっとタンマ! もっと話を聞きたいんだって!



「……あのヒメは……の……」


 それだけやっと聞き取れたのを最後に、黒恵の意識はどんどん遠ざかって行った。




 ◇




 ゆらゆらと揺れ動く白い影――


 人影を夜中に見つけて、朱李は一瞬竦んだ。


 内藤邸から帰還したこの日、なかなか寝付かれず、台所に水を飲みに起きてきて遭遇してしまったのだ。

 だが、正体を知ってその後を追う。人影は……


「環子――」


 声をかけたが無視された。というより、眠ったままのようだ。

 夢遊病の気があるとは知らなかった。

 電気の消えた真っ暗な家の中を、どこにもぶつからずに進んでいく。


 明かりがないのにその姿が良く見えたのは、彼女がほんのりと光っているからだと気づいたのは、後日、このことを思い起こした時だ。


 環子が行く先に気づいて、朱李は彼女の肩に手をかけようとした。なのに、彼女はその手をふわりとすり抜ける。そして、我が目を疑うことに、目の前で環子が消えたのだ。部屋の扉をすり抜けた、そうとしか思えない消え方だった。


 朱李は慌てて黒恵の部屋のドアノブに手をかける。その手を背後から掴まれてぎょっとした。


「……兄さん」


 後ろには、いつの間にか青嗣がいた。

 青嗣はそっと忍び寄り、静かにドアノブを回した。少しだけドアを開けて、部屋の様子を窺うと――


 ベッドに横たわる黒恵の脇に、環子は蹲っていた。そのまま動かない。


 青嗣と朱李は、足音を忍ばせて部屋の中に入る。長身の二人のせいで、部屋の空間がぐっと少なくなった。





 ――内藤邸を脱出した直後、竜樹家の使いだという男が待ち受けていた。


「皆様を送り届けるよう申し受けております」


 物腰柔らかく丁寧な言動と、環子に促されたこともあって、用意された車で自宅に帰ることになった。何しろ一刻も早くその場を立ち去るべきだと思ったのだ。

 ところが、その帰宅途中、環子も黒恵も眠ってしまった。

 黒恵は常にない力を発揮して疲れたためだろう。

 環子は……やはり怪我のせいだった。熱があり、本人の意思とは裏腹に体は睡魔に従った。


 不可解なことは、竜樹家の使者が怪我を負った環子を河野家に置いて帰ってしまったことだ。


「お嬢様をよろしくお願いいたします」と、あっさり引き上げていった。


 元々自分たちで手当てなり、病院に連れていくなりしようと思っていたので不満ではないが、常識的ではない成り行きに首をひねった。

 それで環子を客間に布団を敷いて寝かせていたのだ。


 一度様子を伺いに客間を覗いたが、目覚めた形跡はなかった。それからさして時間も経っていない今、これだ。

 環子は眠る黒恵の傍ら、ベッドの淵に寄りかかって眠っているらしい。


「…………」


 彼女の顔を覗きこんで、兄と弟は互いの顔を見合わせる。


 環子は泣いていた。


 口を開かず、青嗣がドアの方を指差して、そのままこっそりと部屋を出た。


「……兄さん……」


「別に――あのままでもいいんじゃないか?」


「でも……」


「環子ちゃんが、黒恵に危害を加えると思うか?」


 朱李は首を振る。それだけはない――確信にも似た思いがある。


「――目を覚ましたら、色々話を聞こう」


「そう……ですね」


 朱李は頷き、兄と共に自室に戻った。



 しかし――

 朝、彼らが目を覚ました時には、環子の姿は消えていた。



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