お荷物を自覚してるのにパーティ脱退が許されないから、奈落の底に飛び降りるフリで姿を消そうとして本当に落ちた ~絶望で病んだパーティの少女たちをよそに、僕は奈落で死ぬほど強くなる~

クー(宮出礼助)

第1章 冒険者の街グレン

第1話 決意、落下

1.


 ――『麦穂の剣』の魔法剣士テイルこと僕は、あまり強くない。


 とある山の中にて、魔物の爪と剣がかち合う音が響く。火の玉や氷の柱が飛びかい、その度に魔物が悲鳴を上げた。


 僕は立ち並ぶ木々の間を素早く駆け抜け、狼の魔物――グレイウルフを剣で斬りつけながら考える。


 横目で周りの様子を見れば、そこには僕のパーティメンバーである三人の少女――色素の薄い金色のミディアムヘアを垂らすアンリ、肩口で揃った黒髪をサイドテールにし頭上で犬耳を揺らすウル、亜麻色でふんわりとした髪のリエッタが戦っている。みんな僕よりよっぽど洗練された動きで、剣や魔法で次々とグレイウルフを片づけていく。


 僕は自身で倒したグレイウルフの数と、彼女たちがそれぞれ倒した数を目測で比べて思わずため息を吐く。


 これが僕の実力だ。ずっと自覚していることだけど、僕だけが力不足だ。


 僕は牽制で無属性魔法の矢を放ち、かわしたグレイウルフに剣を振る。一度目は前足にかすって、動きが鈍ったところに二撃目でとどめをさす。他の三人なら一撃で倒していただろうと思うと、僕の中の決心は固まっていく。


 魔法剣士として遊撃を任されている僕は、少しずつみんなから離れるように戦いつつ、視線の先の断崖を捉えた。


 ――けっこう前から考えていたことだ。僕はこれから、死を装うためにあの崖から落ちたふりをする。


 みんなを騙す形になるから、正直こんなことはしたくない。しかし、パーティを抜けるためには仕方がない。


 僕は自分の実力不足を自覚してからしばらく、いつか僕というパーティの穴がみんなを危険に晒すと考えて、自らパーティ脱退を申し出た。しかし、同じ村出身で幼馴染のみんなは、僕だけがパーティからいなくなることを許容することはなかった。


 僕を思う気持ちは本当に嬉しかったが、しかしみんなの命がかかっているとなれば話は別だ。


 このまま僕がパーティに居座り続ければ、これから名声を高めて難易度の高い任務に挑んでいく彼女たちは、いつか取り返しのつかない事態に陥る。僕だけが死ぬならまだいいが、それに他のみんなを巻き込むのは道理が合わない。


 ここしばらくはそんなことを考えていて、そして今日やっと機会が巡ってきた。だから今日僕は、ここで一度死ぬ。


 ――まあ、フリだけどね。


 僕はわずかに舌を出して唇を湿らせる。緊張が高まってきている。


 目論見通り複数のグレイウルフを引き連れて崖近くまで移動してきた僕は、他メンバーの様子をうかがってタイミングを見計らう。


 彼女たち三人の動きは、そこらの同じ等級の冒険者とは比べ物にならない。かなりのペースで群れる魔物たちを殲滅していき、このままいけば間もなく僕にもフォローの手が伸びるだろう。しかし今は各々が目の前の魔物に集中を割いていて、僕への注意は最低限のはず。


 僕は近寄ってきたグレイウルフを剣ではじき返し、大きく息を吸う。ちらりと崖下の谷へ目を向ければ、あと数歩で底の見えない奈落へと飛び込める位置。いまが好機か。


 覚悟を決めて目を見開く。そして、僕に飛び込むグレイウルフを避けずに剣で受け止めた。相手の力をあえて崖の方向へ流してたたらを踏み、僕は一歩一歩と地面が途切れる崖へと近づいていく。


 ――そして、僕は迫真の感情を込めて叫んだ。


「――う、わああぁっ!」


 僕の足が地面を踏み外す。


 飛び出した先は断崖の外だ。足元に地面は広がっておらず、疎らに木が生えた岩肌が底の見えない闇へ伸びている。


 僕は全身を襲う浮遊感とともに、崖下への落下を開始した。


「テイルっ?」


 アンリの声が聞こえる。


「崖から、落ちた……?」


「そ、そんなっ!?」


 続いて、ウルとリエッタの声。いずれも、僕が演技で落ちたとは到底考えていないであろう様子だ。落下を続ける僕からは見えないが、すぐにでも崖端に駆けつけてくるだろう。だから、その前に――。


 僕は一緒に落ちてきたグレイウルフを足で蹴り飛ばし、その反動で絶壁へと空中で近づく。そして、身体強化魔法を発動しながら思い切り剣を突き立てた。


「ぐっ、うぅ……!」


 崖に刺さった剣は、僕の落下に合わせて断崖に深い切り傷を残していく。魔法で強化した体に負荷がかかり、しかし確実に落下の勢いが弱まっていく。


 僕は自身の命がかかった状況で、全神経を集中して魔力を練った。次は地属性魔法で僕の体の下辺りの壁に穴を堀り、うまいことその中に隠れる。そして、アンリたちが崖下をのぞき込む前に中から穴をふさいでしまえば、僕が谷底まで落下したことを疑う者はいないだろう。岩肌の途中まで続く剣が残した跡も、そこで力尽きて落ちていったという信ぴょう性を与えられる。


 心苦しい思いはあるが、これで彼女たちは僕から解き放たれ、きっと有力な冒険者として羽ばたいていくはず。


 僕はわずかに感じる苦い思いを無視し、剣を握っていない片手をかざして魔法を発動する。落ちる前に構築していた魔法陣に魔力が行き渡り、陣を通して魔法が発現した。狙い通り、少し下方の崖に横穴ができる。


 ――よし、あとはここに入って、また魔法で穴を閉じるだけ――


 剣のおかげで緩やかに落下しながら、タイミングを合わせて穴に飛び込もうとしたその時。唐突に頭上を覆った影に、僕は思わず上を見上げる。


 そして、目を見開いた。


「な……!」


 ――そこにいたのは、一体のグレイウルフ。僕とほぼ同じ大きさの獣が、重力に引かれるままに僕を目掛けて落下する。


 僕はまだ横穴の中に体を入れられていない。そしてグレイウルフの落下は早く、僕が中に入る前に座標は重なり――


「――うっぐ、ぁ!」


 どしんと、砂が詰まった大袋がぶつかったような衝撃が走った。剣の柄から手が離れ、緩やかだった落下はすぐに速度を増していく。隠れるつもりだった穴は負荷のかかった剣先で崩れ、瓦礫になっていく音がする。そして、小さく崩壊した壁もすぐに通り越し、僕の頭上を上っていった。


 僕は崖下へ向かって、うつ伏せの状態で一直線に落ちていく。



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