第7話
※
結局、閉園時間の午後七時まで、ギリギリいっぱい残業をしてしまった。もちろん、作業は終わっていない。仕事は持ち帰りだ。画用紙の束を自転車の
抱えた業務を投げ出して居酒屋に駆け込みたい気分だ。しかし、自転車とはいえ飲酒運転になる。それに鈴音は
なので、愚直に寄り道せず帰るしかない。
台地の上に建つ園を下って市街地へ、そこから我が家のある
最後の力を振り絞り、よろめきふらつき、見慣れた我が家に辿り着く。
何を隠そう、実家住まいだ。俗に言う子ども部屋
元々描いた将来設計では、遠方に就職して自由気ままな一人暮らしの予定だった。が、計画は捕らぬ
おかげで肩身の狭い毎日だ。近所の人に噂されるのではないか、後ろ指さされるのではないか。自意識過剰かもしれないが、レールを外れてしまった負い目を感じる。もっとおおらかに生きたい。
「あー、もう無理」
帰宅したら即座に着替える。高校生時代のジャージで身を包むと全力で脱力、ベッドに転がりスマートフォンをいじる。疲労で我が身の限界が間近のせいか、布団が底なし沼になった体感だ。ずぶずぶと沈んでいく。
だが、まだ眠ってはいけない。
メッセージアプリに通知が来ていた。唯一の友人からだ。日課の
渡りに船だ。今日も言いたいことが山ほどある。富士山を超えてエベレストだ。多少睡眠時間を削ってでも吐き出したい。さもないと、明日以降の業務に支障が出るだろう。
何はともあれ、すぐさま電話をかける。
『お、今日も遅かったじゃ~ん』
底抜けに明るい声音がスピーカーを震わせる。彼女の名は
『もしかしなくても、やっと仕事終わったかんじぃ?』
「一応ね。持ち帰りの残業がいっぱいだよ」
『なぁんだ、あーしもおんなじ。やんなきゃいけない書類がいっぱいでさ、ぶっちゃけ全然終わんないのよね』
「絶対勤務時間内に終わる仕事量じゃないもん。それに休憩時間だって殆どないし」
『ね、ホントマジそれ』
結が相手なら、自分を偽らずに本音を吐露できる。お互い気兼ねなく、愚痴をドバドバ垂れ流し合える。気の置けない仲というのは、まさにこういう関係を言うのだろう。
鈴音と結は正反対、性格の陰陽が対極に位置していた。
数年前、大学にて彼女と初めて会った時は、絶対相容れないと距離をとったほどだ。見た目はギャルそのもの。日焼けした肌に露出度高めの服を
だが、意外にも気が合った。性格も見た目も真逆ではあるが、趣味嗜好の方向性だけは似た者同士だった。鈴音の場合は漫画とアニメとゲームのオタク、結の場合はビジュアル系バンドの追っかけファン。趣味を第一とした価値観が二人を繋げたのだ。
なお、結の推し活動は度を越しており、奨学金をライブ遠征で溶かし、現在進行形で給料が溶解中とのこと。返済の
「先輩に仕事押し付けられちゃってさ」
『それって、あの性格キツいってゆー人?』
「そうそう。部下相手ならまだしも、子どもにも高圧的でね。しかも、変な神様みたいな名前を出して脅すし」
『似たようなの、うちの園にもいるよー。不運なのは悪魔のせいだから~とかなんとか言って、同僚相手に怪しい宗教の勧誘してくるおばさん。まぁさすがに、子ども相手にはしないけどね』
「だよね。あとそれからね、その先輩だけじゃなくて、園全体もちょっと妙っていうか。ほら、前に言った変な習慣があるって話」
『椅子が一つ多いってのと、ヘンテコな印があるんだっけ?』
「あと、神棚の中に変な置物まであった。石で作られたこけしっぽくて、角みたいなのが生えたやつ」
『うわぁキモ』
「社会人始めてまだ一ヶ月だけど、既に行きたくない気持ちでいっぱいだよ」
社会の荒波に揉まれて心がぺっきり折れ、五月病を発症して復活しないままドロップアウト。なんて悲しい展開はよくある話らしい。スタートダッシュで盛大に転倒したようなものだ。医務室送りである。
鈴音の場合それに加え、職場環境の悪さもあってダブルパンチだ。カルト宗教、あるいは悪魔崇拝疑惑を胸に仕事をする新人なんて、他にいるだろうか。いや、いないはずだ。多分。
『でもさ、あともうちょいでゴールデンウィークじゃん? やっと休めそうっしょ』
「そうだといいけどね」
『まさかの休日出勤とか』
「じゃなかったとしても、教材準備とか書類作成とかでほぼほぼ飛びそう」
『世知辛過ぎー』
「可能な限り休みは長めに貰いたいよね」
せめて連休と呼べる長さは欲しい。
『あーしはライブツアー回るのに忙しいけど、鈴音はどうするよ?』
「積ん読漫画と今季アニメの消化、あとは新作ゲームが幾つか。大体その辺かな」
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