影育【かげいく】

黒糖はるる

とある保育教諭の証言


 ええと、に関しての取材でしたよね。はい、大丈夫です。

 そうですね、どこから話しましょうか。


 私、あの園で保育教諭をしていたんですけど――あ、保育教諭というのはですね、保育士と幼稚園教諭を合わせたものです。うちのような、幼保連携型のこども園の職員が当てはまります。


 ああ、こども園についても説明が必要ですよね。ざっくり言うと、保育園と幼稚園、その両方の特性を持つ施設のことです。ゼロ歳児から未就学児までが受け入れの対象で、勤務するには幼稚園教諭免許と保育士資格のどっちも必要で。まぁ正確に言うと、幼保連携型では必須、他の型の場合は変わってくるんですが。細かい話は別にいいですよね。


 保育士も幼稚園教諭も、私みたいな保育教諭も。子どもの命を預かる仕事に変わりないし、どこも激務で待遇が悪いのは一緒ですから。


 現場の大変さは身に染みているんです。

 離職率が高いから慢性的な人手不足、というのはどこの園でも問題になっていて。まぁ、責任重大で激務なのに、低賃金で冷遇されているから、辞める人が多いのも当然と言えば当然ですね。おかげで、足りない人手の穴を埋めようと、残る職員にしわ寄せが来るわ、それでまた別の人が駄目だめになるわ。負のスパイラルですよ。今も続けている自分が不思議なくらいです。


 これは私見なんですけど、職員の待遇が悪いから不適切保育が起きるんじゃないかって。やりがい搾取って言うんですかね。「子どもが好きなら、劣悪な環境でも頑張れるだろ」みたいなかんじで。上からそう言われて、行き場のないストレスが溜まって、結局最後は弱い立場の子どもに矛先が向いちゃうんでしょうね。もちろん、やった保育者を擁護するつもりはありませんけど。


 あの事故も、人手不足が招いたのは間違いないですね。ええ。ヒヤリハットじゃないですよ。れっきとした事故です。


 当日は、園バスを利用する子のうち一名、無断欠席の子がいました。本来なら担任や園長が確認の電話をしないといけないんですけど、「いつものことだ」なんて軽く考えて、推定欠席にしてしまったんです。みんな、自分の仕事で忙しくて、気が回らなかったのかもしれません。でも、それが間違いでした。その子はちゃんと園バスに乗っていたんです。


 普段、園バスは運転手と保育士が搭乗して、各所で子どもを預かり園に向かう。到着したら全員の降車を確認して、担任や園長に報告する。というのが鉄則なんですけど、それがおざなりになっていたというか。一言で表すなら怠慢です。特に運転手が抜けているというか、仕事に不真面目というか。


 実は、シルバー人材センターから派遣された人に、バスの運転を任せていたんです。いえ、お年寄り全員をおとしめるつもりはないんです。むしろ頼らざるを得なかった、園側の人手不足に問題があるというか。職員の誰も大型免許を持っておらず、専門の業者を雇う余裕もなかったので。それで、地域のシルバー人材センターに紹介してもらいまして。でも、派遣されたのが問題の多い人だったんです。定年退職後、年金暮らしでは生活が苦しくて、渋々仕事を貰っているかんじでした。なので、仕事にも身が入らず、ミスもしょっちゅうあって、園内では不安視する声も多かったです。だから、起こるべくして起きたんですよ。


 園バスの中に、子どもを置き去りにしたんです。無断欠席だと思っていた子が、車内に閉じ込められたままだったんです。


 その日は真夏の猛暑日で、最高気温は三十五度を超えたと思います。信じられますか? 冷房が止まって熱がこもるばかりの金属の箱ですよ。そんな場所にいたら、大人だって死にます。大事故です。あり得ないですよ、乗車していた子どもを見落とすなんて。その原因としては、「送迎時には運転手と職員の二人一組で」って規則を破ったのが、一番大きいでしょうね。


 事故当日、園バスに搭乗する予定だった保育者が欠勤しました。夏風邪をこじらせたみたいで、大方激務がたたったせいだと思うんですけど。それで、代わりの職員が必要になって、でも人手不足で誰もいない。


 そこで何を考えたのか、運転手が一人で送迎に出発したんです。法定速度ギリギリで飛ばして子どもを預かってきました。「俺って凄いだろう」みたいなどや顔はよく覚えています。いい歳して、尊敬の視線を浴びたかったのかもですけど。


 その結果が置き去りです。元から子どもの顔や名前を憶えておらず、当日の出欠席確認シートも無記入で。ただ乗せてきただけ。子どもが全員降りたと勘違いして、さっさと鍵をかけてしまった。


 どうしてその子は降りなかったか、ですか? 推測になるんですけど、朝早くだったので眠かったんじゃないかと。結構いますよ、そういう子。親の仕事の都合で、早起きして慌ただしく出発。バスに揺られていたらうっかり寝ちゃうのも分かります。


 運転手は仕事が終わって、職員室で一休みしていました。いつもならすぐ帰って、また降園の時間頃に戻ってくる流れでしたけど。冷房が効いた部屋で冷茶をすすっていましたよ。


 ちょうどその時、私も職員室を訪れたところで。用事は確か、倉庫の鍵を取りに来た、ってかんじです。プール用具を出すか何かだったかと。で、運転手とはち合わせしたんですけど、様子がおかしかったんです。


 ええ。他の方にも、警察とか消防とか、しつこいくらい聞かれましたけど、本当のことなんです。


 運転手の目が、その、カメレオンみたいに動いていました。右と左が別々に、グルグルグルグル。それも凄い速さで。とにかく気持ち悪いって思いましたね。だって、よだれを垂らしながらですよ。汚らしい。


 そんな気持ち悪い顔のまま、ふらふら外に行こうとするから、余計に不気味で。気になって後をつけてみたんです。そうしたら、駐車場に出て、園バスの前までやってきて、そこで倒れていました。びっくりしましたよ。アスファルトの上には急病人だし、園バスの中には助けを求める子どもがいたんですから。


 そこから先は、色んなところで報道された通りです。運転手は心臓麻痺まひで死亡、代わりに子どもは無事救助された。一部では「園児を救った英雄」みたいに報じていますけど、自分の尻拭いをしただけなんですよ。勘違いもいいところです。


 老い先短い人間が、未来ある幼い命を危険に晒した。この世で最もむべき行為、許されざる悪行です。


 だからアレは、きっと天罰だったんですよ。

 分かりますか、天罰ですよ、天罰。

 あなたも、そう思いますよね。

 間違っている、なんて言わせませんよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る