新幹線とワタシ

「楽しみだなぁ」


 “支配人”の風貌は、登山を目標に溌剌と汗を流す機運が一目で把捉できるが、横に座るワタシの軽装と見比べると、決して横の繋がりを感じないだろう。ただ、独り言にしては大きすぎる“支配人”の上擦った声に答えるワタシを見れば、堪らず首を左右に振ってこのアベコベ加減を二度見するはずだ。


「一体、何が起きるのでしょうかね」


 ワタシは不安な心持ちを声の端々に忍ばせて、あっけらかんとした“支配人”の好悪に倣おうとする。


「それは、神のみぞ知るところだけど……きっと退屈はしないはずだよ」


 仔細顔をする“支配人”にワタシは複雑怪奇な感情を胸に抱く。それらと直裁に向き合えば、座持ちを忘れて眉をひそめ、とかく俯き加減に終始する姿が想像に難くない。惣菜パンの一つとして購入した冷えたカレーパンを袋から取り出し、咀嚼に集中することでワタシは自身の気持ちを有耶無耶にした。


 何十年にも渡って新幹線の誘致を夢見た町の意志は、土地区画整理事業を主導する貝塚市長によって、刻々と新駅を迎える準備を整えていった。住民からの根強い支持もあり、長い間市長の座にあった貝塚氏は、高齢による病気を原因に志半ばで辞職し、現市長にあたる高原氏に土地区画整理事業は引き継がれた。何の因果か、貝塚氏が市長の任を辞職すると同時に新駅の計画が持ち上がり、滞りなく工事の着手に入った。今ワタシ達は、そんな悲願の数珠繋ぎの恩恵を授かっている。


 新幹線の車内販売は、輸送費と人件費などの事情によって、コーヒーを一杯買うのにも三百円近くの支払いを要する。割高感は否めず、気軽に呼び止められる価格帯ではなかった。それでも、“支配人”は何の躊躇いもなく呼び止めて、唐揚げ弁当とペットボトルのお茶への支払いに五千円札を差し出す。釣り銭をチップに変える横で、ワタシは車内に持ち込んだカレーパンを糊口に頬張っている。服装から“支配人”との差異は始まっていたが、食する物まで互い違いとなれば、如実な落差から謗られているような気分にさせられた。これはワタシが招いたものに過ぎないが、やはりというべきか。難儀な性分に肩身の狭い思いはついて回る。


「うんうん」


 “支配人”には口に合う食事と出会うと独りで相槌を打つ癖がある。「味はどうですか?」と決まり切った億劫な手順を踏まずに、目の前の食事に没我でき、後一口で完食できる大きさまで減ったカレーパンを駄菓子さながらに口の中へ軽く放り込んだ。


「……」


 “支配人”と、ワタシの関係は極めて歪である。知人と呼び合うほど軽薄なものではないし、友人かと問われれば、口を揃えて「ノー」と断言するはずだ。師匠や弟子などといった様式的な呼称は的外れで、精神的な繋がりも希薄である。ならば、ありもしない使命感を胸に抱く夢想家同士が偶さか手を組んだとするのが適当であり、窮地に陥った際は切り捨て合うことも厭わない。だからこそ、その行動は軽はずみに、或いは無責任なものばかりとなり、工場の爆発を何も知らないまま見届けたりするのだ。誤解してもらっては困るが、立場の違いを憂いている訳ではない。只、ワタシは移動に伴う気苦労を少しでも共有してもらいたく、つらつらと論ったまでだ。

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