第161話 美少女コル

 俺とコルはジーストリアの繁華街へとやってきた。


 そこはジーストリアシティと呼ばれる。

 島内でももっとも栄えている場所だ。


 百貨店、飲食店、武器屋にアイテムショップ。

 なんでも揃った便利な場所だ。


 島民は約5万人。そのほとんどがここを利用する。


 中々の人集りだな。

 片井ビルの周辺と変わらないや。


 ロシアの美少女コルは汗を飛散させていた。


「どうしたんだよ?」


「うう……。ボクはこういう所、慣れてないんだ」


 田舎育ちなのかな?


 コルは俺の肩に手を置く。


「ま、 真王子まおこぉ。離れないでね」


「おいおい。ダンジョンじゃないんだからさ」


「ダンジョンのが落ち着くよ。こんなに人がいないし」


「ははは……」


 変わった奴だな。


「そういえば腹減らないか?」


「う、うん……。空いたかも」


「ほら、中華食堂があるよ」


 店の名前は 陳珍軒ちんちんけん

 絶対に突っ込んじゃいけない所だよな。


 コルは漢字の看板の横に書かれた英語を読んでいた。


「チンチンケン……。どういう意味?」


「まぁ、店の名前だからな。深く考えちゃ負けだって」


「チンチン……」


 そこだけをピックアップすな。


「丁度、ラーメンを食いたかったんだよな。どう思う?」


「ラ、ラーメンってなに?」


「なんだ。ロシア人はラーメンを食べないのか?」


「ボクは外食はあんまりしないから」


「ふーーん。んじゃ、食ってくか?」


「え? は、入るの?」


「当然だろ。入らないと食えないじゃん」


「も、もしかして 真王子まおこは1人で外食とかしたことあるタイプ?」


 いや、タイプってか……。

  衣怜いれと出会うまでは1人暮らしだったからな。外食なんて普通だよ。安い所しか行けなかったけどさ。


「まぁ、普通に利用してるよ」


「ふぉおお! ゆ、勇者ぁ……」


 15歳ってこんなもんかな?


「んじゃ。入ろうぜ」


「う、うん……」


 そこは小さな中華専門店だった。

 カウンターとテーブルが5つ。

 おお、これは懐かしい感じだぞ。赤いクッションの椅子なんてのは馴染みがあるな。

 

 テーブルは埋まってんのか。

 どうやら繁盛しているみたいだな。

 こりゃ当たりだぞ。


「ねぇ、 真王子まおこ。床がベトベトしてるよ。なんで?」


「そりゃデフォルトだ。気にするな」


 中華の店は油が多いんだよな。


 店に入るなりヒソヒソと声が聞こえる。


「うぉ、マジかよ! ガチでイケてる!」

「ふはぁ……。可愛い……」

「ヤバ……可愛すぎ」

「おいおい。この島にあんな可愛い子がいたのか?」

「天使すぎだろ」

「素敵ねぇ……」

「はぁ……。見惚れちゃうな」


 やれやれ。

 コルは美少女だからな。

 こいつと歩くと目立つんだ。

 街を歩いてるだけでみんなにジロジロ見られる。


「黒髪が素敵ねぇ」

「うんうん。黒髪の子が可愛い」

「黒髪最高」

「ポニーテールは至高」

「美少女すぎだろ」


 俺のことも入ってんのかよ……。

 

 注目されるのは面倒だが、早く食って帰ればいっか。


「カウンターに座ろうぜ」


「う、うん……」


「なんにする?」


 とメニューを見せる。


「えっと……。あ、えっと……。……全部見たことない」


「ああ、初めてだもんな」


 それじゃあ、俺が彼女の分も頼めばいっか。


「すいません。これとこれとこれ。同じやつを2人前ください」


 ここは王道の……。


 しばらくすると頼んだ料理がやってきた。


「これ……なに?」


「ふふふ。ラーメン。チャーハン。餃子だ」


 中華といったらこのセットだよな。


「サラダは……。ないの?」


「ふふふ。甘いな。野菜は具の中に入っているのだよ。ラーメンのネギ。チャーハンには人参と玉ねぎ。餃子にはニラと白菜だ」


 若干、独身のサラリーマン臭がしてしまうセレクトだが構わんだろう。麺と米は炭水化物だが、それがいいんだ。誰にも文句は言わせない。旨いは正義なのさ。


「おお……。よくわからないけど、すごい……」


「食おうぜ」


「う、うん……」


 俺は箸。

 彼女はフォークで食べる。

 

 ラーメンはシンプルに鶏ガラスープだな。すっきりした味に鶏ガラの旨みがいい。

 モチモチの麺にスープが絡んで、


「旨いな」


「うん……美味しい……」


「へへへ。」ズルズル。


 中華は久しぶりだからな、こういう味の濃いのがいいんだよな。


 コルは恥ずかし気に微笑んだ。


「………………これ、な。へへへ」


 あれ?


「なんだよ。さっきはって言ってたくせにさ。真似すんなよな」


「し、してない。ラーメンが美味し……。旨いだけだ」


「なんだよ。変なやつだな」


真王子まおこのが変だよ」


 やれやれ。

 気にしたら負けか。

 こういう奴なんだな。


 さて、お次はチャーハンといこうか。


モグモグ……。


 うん。美味い!

 油と米に卵とチャーシューの旨みがしっかりと乗っかってるよ。

 加えて、玉ねぎと人参の自然な甘さが食欲を引き立てるんだ。

 米はしっかりと火が通ってパラパラ。

 これは大きな鉄鍋で強火でやるからこうなるんだよな。こりゃ完全に大正解。チャーハンが旨い店にハズレなしだ。


「チャーハンも食ってみろよ」


「うん。モグモグ……。あ、美味しい」


「ふふふ。だろ? 旨いよな」


「……うん。。へへへ」


 コルは餃子を食べた。


「これも旨いな。へへへ」


 どうやら、旨いって言葉が定着したらしい。


 飯を食い終わって、お会計をする。

 もちろん会計は別々だ。この辺は学生らしさがあっていい。


「嬢ちゃん、可愛いから割引券つけとくあるよ。また、来るよろし」


 うむ。

 可愛いは得だな。


 帰り道。

 外はすっかり暗くなっていた。

 島はどこからでも海が見える。

 俺たちは、波の音を聞きながら幹線道路沿いの側道を歩く。ここを行った先が学生寮なんだ。


真王子まおこは変わっているな」


「それよく言うセリフだよな。なにがそんなに変わってるんだよ?」


「よくわからない」


 わからんのかよ。

 てっきりスピードスターワイバーンを倒した時のことを言われるのかと思ったのにさ。


「……ボクは父さんから戦闘訓練を受けた。男の子のように育てたいらしい。ママはボクを女の子に育てたかったみたいだ。だから、こんな可愛い格好をしている」


 なるほど。

 不思議な一人称はそういう理由があるのか。

 それに、あの卓越した戦闘技能は父親から指導を受けたんだな。


「ボクはどっちに進んだらいいのだろう? 男の子になるべきか、女の子になるべきか……」


「性別が女なんだから、女の子では?」


「でも、父さんはボクを男の子に育てたいんだ」


「それはおまえの父親が言ってるだけだろう?」


「うん。息子が欲しかったって」


「そんなことおまえに関係ないじゃないか。おまえの人生なんだからさ」


「…………」


 コルは夜空を見上げた。


真王子まおこはやっぱり変わってるな」


「だから、どこがだよ?」


「よくわからない……。けどさ、妙に喋りやすいんだ。こんなにもボクが自分のことを話すなんて初めてかもしれない。 真王子まおこは普通の女の子じゃないと思う」


 俺の正体に気がついたのか?


「なんでそんなことを言うんだよ? 私のどこが普通じゃないんだ?」


「ボクの周りの女の子はさ。ラーメンとか食べないんだ」


「それは食文化の違いだろ?」


「……もっと、お洒落とか、異性の話とか、家柄とか、将来の話とか……。そんなつまらないことばかりを話す」


「私は私だ。コルはコル。それでいいじゃないか」


「う、うん……」


 どうやら、正体がバレてるわけじゃないらしい。


 彼女は話しを聞いて欲しそうにこちらの様子をチラチラとうかがっていた。


「なんだよ?」


 と、軽く微笑んでやる。

 すると、水を得た魚のように話し始めた。


「ボクは自分探しでこの学校に志願したんだ」


「へぇ」


「ボクには力がある。この力は誰かを守るために存在していると思うんだ」


 ふむ。

 他者のために力を使うか。

 そういえば、スピードスターワイバーンに襲われた時、コルが1人だけで飛び出して囮になってたもんな。あれはみんなを守るための行動だったよ。


「おまえ……意外と偉いな」


「え?」


「スピードスターワイバーン。自分が囮になってでもみんなを助けようとしたな。立派だと思うぞ」


 彼女は顔を赤らめた。


「父さんは、他者を助けるのは当然だという。ボクは強いからって」


「褒めてくれないのか?」


コクリ……。

 

 彼女は無言で頷いた。


「冷たい親だな。娘が頑張ってんのにさ」


 そういえば、俺の親も冷たいところがあるな。こいつとは共通点があるのかも。


 コルは俺の真ん前に、顔をグッと近づけた。


「な、なんだよ!?」


「……やっぱり 真王子まおこは変わってる。とても話しやすい」


「相性がいいのかもな。おまえも変わってるしさ」


「うん。ボクも変だよ。でも、 真王子まおこも変だ」


「んじゃ、変わり者同士で仲良くすればいいじゃないか」


 コルは真っ赤な顔になって離れた。


 本当によくわからん奴だ。


「きょ、今日は充実してしまった……。初めて同級生と外食をして、初めてラーメンを食べた。記念すべき日だ。ボクは今日という日を生涯忘れないだろう」


「大袈裟だなぁ……」


 ただラーメンを食べただけなのにさ。


 俺たちは学生寮に着いた。

 寮といっても集合団地のような巨大な建物だ。

 10階建てでA号棟からD号棟まで存在する。


「あ、明日は何時頃に学校に行くの?」


「何時かなぁ? うーーん。まぁ、7時半とかその辺りかな」


「そ、そうか……」


「んじゃあ、私の寮はA号棟だからさ。あっちだわ。コルは?」


「ボクはC号棟」


「じゃあ、明日。学校でな」


「う、うん……」


 そして次の日。


 俺がA号棟を出ると、木の影に隠れたコルがいた。


「ジィイイイイイイイイーーーー」


 本当によくわからん奴だ。

 一定の距離を保ちながらも跡をつけてくる。


 俺は角を曲がった瞬間に、彼女の死角をついて背後に回った。


「おい」


「え? うわぁあ!! な、なんで後ろにいるの?」


「なんで跡を付けて来るんだよ?」


「だ、だってぇ……」


「私と一緒に学校に行きたいんじゃないのか?」


「あううううう……」


「どうなんだ?」


「ボ、ボクは……」


「うん」


真王子まおこと一緒に」


「うん」


「学校に行きたいのかな?」


「聞くなってば。質問文を質問文で返すなよ」


「だ、だってぇ……ボクはどうしたらいいかわからない」


「はぁあ?」


「うう……」


「昨日、ラーメンを一緒に食べた仲だろうが」


「う、うん」


「『おはよう』って挨拶して合流すりゃあいいじゃないか」


「そ、そんな恥ずかしいこと言えないよ!」


「はぁあああ?」


「うう。まるでリア充だ……。うううううううう」


 本当に変な奴だな。

 探索技能はずば抜けているが、社会性の欠如が半端ない。


「頭を抱えるんじゃない。早く学校行くぞ」


「う、うん」


 さて、登校の時間も有効的に使いたいよな。

 ちょっと、遠回りになるがこっちの道も見ておくか。

 周囲の把握は必須だよ。


「あ、あれぇ? 学校はあっちだよ?」


「私は散歩しながら学校に行くタイプなんだよ。嫌なら1人で学校に行けよ」


「い、嫌じゃないよ。 真王子まおこと散歩は楽しいもん。ま、待ってぇ。 真王子まおこーー」


 まぁ、変わり者だが悪い奴じゃなさそうだしな。

 付き合ってやるか。


──


次回、生徒のランキングが発表されます。

お楽しみに!

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