第32話 邪悪な存在

〜〜 輝騎てるき視点〜〜


 私は 寺開じあく 輝騎。

  寺開じあく財団の当主だ。


 兄の晴生が警察に捕まって、名目上、私が彼の立場を引き継ぐことになった。


 やれやれだ。


 肩書きに拘らず、財団は既に私のものだったというのにな。

 兄の尻拭いで、私が表に出て来てしまったではないか。

 無能な兄を持つと弟は苦労するよな。

 

 そんな兄は入院中である。

 全快するのに数年かかるという。

 ダンジョンに入って回復魔法をかければ回復は早くなるだろうがな。

 そうなれば警察の捜査が加速するんだ。

 悪いが当分はそのまま寝ていてもらおうか。


輝騎てるきさま。晴生さまの件はどういたしましょうか? このままでは財団が大量殺戮をやっていたことになってしまいますが?」


 兄は大きなミスをした。

 財団に不都合な人間をダンジョン内で殺害していることを他言してしまったのだ。それも、よりにもよってコウモリカメラで記録を撮っている最中に。


「マスコミを操作しろ。警察には政治家に金を握らせて圧力を掛ければいいさ」


 やれやれだ。

 晴生の起こした事件。

 モミ消すのに10億は使うだろう。

 

 動画なんか撮影されおって。

 本当にバカな兄だ。


 財団としても10億の出費は痛い。

 なんとかそれを補わなければならん。


 私は部下に命令した。


「奴隷エルフの件はどうなっている?」


「20人ばかり上物が捕まっております。1人1千万の価値があるかと」


 ちっ。

 それでも2億か。


 ダンジョンの最下層は異世界と通じている。

 そこの住民であるエルフを奴隷にするのは需要があるんだ。

 まぁ、異世界にすれば誘拐だからな。向こうでもかなり危険な仕事だろう。

 危険度の割に儲けは低い。


「薬は?」


「はい。中国から50キロばかり入りそうです。価格にすると10億ですね」


 ふむ。

 やはり薬の方が儲けはいいな。


 ダンジョンを利用すれば違法なことはし放題だ。

 海外にあるケシの栽培地から日本のダンジョンが通じている。

 そこを使えば検問をすり抜けて密輸が可能なのさ。

 ククク。このダンジョンを使った闇ビジネス。

 我々 寺開じあく財団は率先してやっているのだ。

 このことは絶対に世間に知られてはならない。


「薬。そんなに手に入るのか……」


 俺の横に立っているのは褐色の男だった。

 耳は尖り、鋭い目をしている。

 種族はダークエルフ。

 名をギーベイクという。


輝騎てるき。我々にも薬を分けて欲しいのだができるか?」


「もちろんさ。エルフの女を融通してくれるならな」


「わかった。用意しよう。アヘンは我々の世界でも需要があるからな」


 フッ。異世界エルフもヤク中になるのか。

 魔力が存在する世界とはいえ、地球とそう変わらんな。


「そうだ。今度は子供にしようか。人間の見た目で10歳程度のエルフの少女。地球は未成年には厳しいからな。奴隷にできれば大儲けができるだろう。ロリコンの金持ちは多いだろうからな。少女のエルフなら3倍の値をつけてもいい」


「ククク。いいだろう。しかし、子供のエルフは大人のエルフが守っているからな。集める場合はそれなりに苦労するんだ。銃を用意してくれると助かるのだが?」


「どれくらい必要なんだ?」


「100は欲しいな」


「欲張りな奴め」


「それはお互いさまだろう」


 銃の密輸は主にロシアが中心だ。

 そっちの方にもダンジョンが繋がっているからな。

 薬に比べて銃の密輸は難しい。なにせ嵩張る品物だからな。

 ダンジョン内は収納スキルで移動できるが、地上に出てからがとにかく厄介なんだ。

 ダンジョンの入り口で運搬用の大きなトラックを止めているとすぐにバレてしまう。よって、薬より銃の密輸の方が難しいのだ。


 そもそも、


「そっちの世界は魔法が使えるのだろう? 銃を使わなくともなんとかなるんじゃないのか?」


「魔法は魔力を使うからね。銃ならば、ファイヤーボールクラスの威力が手軽に出せる。詠唱だって必要がない。エルフとしてもお手軽な銃火器類は便利なのさ」


 現代の技術は偉大だな。

 とはいえ、異世界には地球にない未知のテクノロジーが満ち溢れているんだ。

 上手く関係を築ければ、 寺開じあく財団が一国を築ける可能性があるだろう。ククク。


 しかし、最近は妙な兆候にあるな。

 兄の逮捕が嫌な影を落としているよ。


 通報者が片井とかいう探索者。

 探索総合本部の情報ではD級となっている。

 低い等級の割には随分と高級なダンジョンばかり攻略しているよな。


 公式の認定と実力がともなっていないタイプだ。

 通常。クエストの依頼を引き受ける上でも等級を上げるのは探索者の基本なのだがな。

 コイツはそれをしない。

 探索者の等級は名誉の証でもあるのだがな。

 配信者は目立ちたい者ばかりだ。こぞって等級を上げて自分の力を誇示する。

 この片井という男。どうも世間とは感覚がズレているらしいな。

 

 無能な兄が片井の表面だけを見て油断したのかもしれない。

 しかし、私は違うのさ。

 

 財団のスカウトマンが探索者を連れてきた。

 それは赤毛の男。嫌な笑みを浮かべる。


「ヘヘヘ。ヤバそうな仕事つーーからよ。来てやったぜ」


 私は油断しない。

 徹底的にやらしてもらう。

 相手の技量が不明ならば、その者を知っている人間を使えばいい。

 最も効率的なやり方だ。


「私の顔を見たからには後には引けんぞ?」


「わかってますよ。こっちだって金が欲しいんだからな。それに片井には恨みがあるんだ」


 赤毛の男は銃を要求してきた。


「得意な魔法はメガファイヤーと聞いているが、銃を使いたいのか?」


「まぁね。あいつの魔法壁は強力だからな。速さ重視ってやつさ。奴の魔法壁だって銃には敵いませんて。ケヘヘ。それに、やっぱドンパチできるのがダンジョンのいい所っしょ」


 やれやれ。


「おまえ。名は?」


「赤木 迅平。 炎の眼フレイムアイのリーダーだぜ」

 

  炎の眼フレイムアイ

 現在、チャンネル登録者4万人の中堅配信者。


 まぁ、この程度なら闇の仕事の方が儲かるからな。


「片井を始末すれば1千万円用意しようじゃないか。できるか?」


「うひょーー! マジかよぉお!! 金額は申し分ないぜぇええ。でもよ。俺が殺人した証拠はモミ消してくれんだろうな?」


「任せておけ。おまえに同行させる探索者は霧の魔法ミストールの使い手だ。この魔法を使えばコウモリカメラは機能しない」


「心配なのは隠し撮りだぜ。2台目のコウモリとかよ。スマホの盗撮だ」


「それも任せておけ。夢を呼べ」


 やって来たのは銀髪の少女。


「彼女は、桐江田 夢」


 私の部下だ。


「うひょーー。可愛いいじゃねぇか! 探索者ってかアイドル見てぇだな。デヘヘ! 俺は赤木だ。よろしくな」


「…………」


「おいおい。無視かよぉ。こんな弱そうな奴で大丈夫か?」


 彼女は私に忠実なのだ。

 それに、


「彼女はギガミストールの使い手でな。ミストールの上位魔法。周囲一帯を霧に包ませることが可能だ。あらゆる撮影機器を無力化する」


「それはありがたいけどよぉ。さっきから喋らねぇじゃねーーか。本当に仕事できんのかよ? もしもーーし!」


 赤木は、彼女の顔の前で手の平を動かしていた。

 しかし、夢は反応しない。


「彼女は寡黙なのさ」


 夢は呟くように宣言した。


輝騎てるきさま。任務遂行します」


 よし。


「赤木と夢は片井を始末しろ」


「あいよ」

「了解」


 2人は部屋から出ていった。


 俺はビルの窓から夜景を見ながら思考を巡らせた。

 赤木たちと入れ替わるようにして、部下がUSBを持って来た。


輝騎てるきさま。警察に提出されていた片井の動画が入手できました」


 これに片井の姿も映っているはずだ。

 どんな探索者なのだろうか?


 ギーベイクは動画を見ながら眉を寄せた。


「ハルオは斬魔剣を持っていたのだろう?」


「ああ。魔法壁を斬ることのできるレア武器だな」


 それを使っても片井には勝てなかったのだから、兄の無能っぷりがよくわかる。


「このカタイという男。中々の動きだな」


 ほぉ。ギーベイクがこんなことを言うなんてな。

 よほどできる探索者なのだろう。


「カタイの動きは剣の軌道を読んでいる。ハルオの攻撃が全て読まれているよ」


「ふぅむ」


 兄は無能でも、探索者の腕はA級だからな。

 兄の剣筋を読む片井の実力は本物なのかもしれない。


 動画の中では、片井が魔法壁を張っているシーンが映る。


 厄介なのがこの壁だ。

 事前情報では打撃は効かないらしい。

 しかしな、斬魔剣は魔法壁を斬ることができるレアアイテムなんだ。


 のはずだが、


ガキン!


 斬魔剣の剣身は折れて飛んで行った。

 

『あわわわわわわ……。ざ、斬魔剣がぁああ……』


 やれやれ。

 斬魔剣を折るほどの攻撃アタック 防御ディフェンスか。


『魔法壁50倍。おまえに傷は付けれない』


 凄まじい防御力だな。

 晴生が勝てないわけだ。

 

 動画を見終わると鼻で嘆息をつく。

 

 病院で寝たきりになっている無能の兄に呆れてしまう。

 こんな魔法壁に負けるなんて情け無い。


 私の槍攻撃ならば簡単に貫いてしまうがな。


 徐に部屋の隅に飾ってあった槍を持つ。


 ふむ。

 この槍。切先は粘土だな。

 装飾用の槍か。丁度いい。


「私にかかればあんな壁」


 脆いのだ!


ビュッ!


 私の一突きは部屋の壁を貫いた。

 そこは鋼鉄の材質だった。

 本来ならば、飾り用の槍が刺さるはずはない。

 粘土の切先が破壊されるのがオチだろう。

 しかし、槍は鋼鉄を貫き、深々と突き刺さっていた。


 脆い脆い。


「ふふふ。硬さを貫くのは技術なのさ」


 武器の威力に頼る兄とは違う。

 私には技能がある。

 私の前ではどんな壁も脆いのさ。


「なぁ。ギーベイク。片井の壁と私の槍。戦ったらどっちが勝つと思う?」


 彼はブルブルと震えていた。


 ん?


「おい。どうしたんだ?」


「…… 輝騎てるき。このカタイという男。一体何者だ?」


 ?


「単なる探索者さ。使うのは防御魔法だけだぞ。脅威でもなんでもないだろう?」


「知らない……。こんな魔法。見たこともない」


 はぁ?


「これは単なる防御魔法だろう?」


「本来なら攻撃アタック 防御ディフェンスは強化できない。にも関わらず。この男は50倍まで強化している」


 なに!?


「これはロストマジックだ。我々の世界でも忘れられた力。歴史の流れで風化した魔法壁を倍加する能力。どうして地球人が使えるのだ?」


 やれやれ。

 どうやら、兄が負けたのは、無能だからではないようだな。

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