第22話 片井。ビルを手にいれる

 俺と 衣怜いれは、西園寺社長に連れられて駅近のビルに来ていた。

 高級外車を降りると、現れたのは5階建てのビル。


「駅から徒歩5分程度。悪くない立地だろう」


 西園寺不動産の空き物件ということらしい。

 外装はボロボロ。決して綺麗なビルではない。

 それでも時価総額は10億円以上はするという。


 そんなビルに来たのは、ダンジョンを駆除した報酬を貰う為。

 このビルがその報酬なのだ。


「本当に無料で貰ってもいいのですか?」


「もちろんだ。厄介なダンジョンを駆除してくれたんだからな」


  衣怜いれは大はしゃぎだった。


「1階と2階は事務所になっているみたいだね」


 ふむ。

 そうなると、3階以上が住居にできるのか。


「うわぁ。地下もあるよ」


 地下は2階まで。

 そこは駐車場になっていた。


 使い勝手は良さそうだ。

 あとは、リフォームだな。


 ふふふ。

 俺好みのビルに変えてやる。


「改築費用は出してやろう」


 え?


「社長。今、なんと?」


「改築費用を出すと言ったのさ」


 いやいや。

 10億円以上もするビルを貰って改築費用までなんて。


「貰いすぎですよ」


「いや。そうでもないさ。君は命の恩人だしな」


 え?


寺開じあくの件さ。 寺開じあく財団は闇で人殺しをしていた。もしも、 寺開じあくを信じていたら、今頃は犯罪の片棒を担がされていたよ。奴の悪事を暴き、西園寺不動産を救ってくれた君の功績は大きい」


 まぁ、 寺開じあくの悪事は俺が暴いたというより、自分から暴露して自爆したんだがな。


「それに私のミスで君に多大な迷惑をかけてしまった。まさか、君たちが命を狙われるなんて思いもよらなかったんだ。すまない」


「気にしてませんよ。社長は、俺たちのことを心配して 寺開じあくに探索を頼んだわけですしね」


「いや。だからといって君たちが危険に晒されたことの言い訳にはできないさ。その罪滅ぼしをさせて欲しいんだ」


「しかし……。このビルだけでもすごい報酬なのに」


「君は警察に対する証言でも私のことを庇ってくれた。会社に不利益になることを一切言わなかった」


「そんなのは当然ですよ」


「君はすごい探索者だ。ぜひ、協力させてくれ」


「でもですねぇ……」


 貰いすぎは気が引けるが。


「ぜひ、やらせてくれ」


 これは断れそうもないな。


 このビルは、所有者である俺の名前を取って片井ビルと名付けられた。

 

 こうして、俺のビルは西園寺社長の援助の元、リフォームが着工した。

 ボロい外装も内装も、全て綺麗にしてくれるという。


 よし。

 こうなったら、片井ビルに引っ越しをしよう。

 ボロい幽霊マンションからの卒業だ。


 大家さんは高齢のお婆さんである。

 昔ながらの考えで、探索業のことはよくわかっていないらしい。

 過去に一度、天井の雨漏りが酷いので改修工事をお願いしに行ったことがあったっけ──。


「片井さん。あんた若いんだから。もういい加減、フラフラせんとキチンとした会社に就職したらどうです?」


「まぁ、一応。ダンジョン探索という仕事をしているんですけどね」


「そんなよくわからない職についてどうするんですか!? ダンジョンだなんて。ゲームじゃないんだから、ゲームじゃあ!!」


「ははは。まぁ、家賃を払っているからいいじゃないですか。それより雨漏りの件なんですが」


「あ、ああ。それね。雨漏りね。ええ。直しますとも。来月にはね。ヒヒヒ」


 ──そう言って4年間。一度も直してくれなかったな。

 まぁ、そんなマンションともお別れだ。

 最後の挨拶をしようか。



 俺は大家さんの家を訪ねた。

 お婆さんの家はこのマンションの1階である。


「あら、片井さん。お元気? まだゲームの仕事をしているのかしら? ダンジョン田吾作だったっけねぇ?」


「ダンジョン探索ですよ」


「ああ、それそれ。バカみたいな職業ね。まったく今どきの若い者は仕事がなんたるかを知らないんだね。本当に愚かしいことだねぇ」


「はぁ……」


 まぁ、細かいことはいっか。


「あ、それでこのマンションなんですけどね」


「ああ! 雨漏りの件ね! それとも壁の補修かしら? わかってるわ! もちろん、よーーくわかっているわよ。安心なさいな。すぐに補修しますからね。なにせ、マンション管理が私の仕事なんですからね。ええ。わかっていますとも。仕事というものがなんたるかをね! あなた以上に私はわかっているんですよ。年寄りは若い人の模範にならなくちゃねぇ。ふふふ」


「いえ。補修ではないんですよ」


「はえ? あ、じゃあ転職だ! そうでしょう! くだらないダンジョン田吾作なんかやめて正解ですよ! 転職の報告にくるなんて中々殊勝なことではありませんか!」


「あ、いや……」


 捲し立ててくるなぁ……。


「あーー! わかった! 転職の相談でしょう! あははは! 高齢者に相談するなんてわかっているわね! 私はね。社会情勢には詳しいんですよ。この辺りならそうさね。一流企業といえば 寺開じあく財団とか西園寺不動産になるかねぇ? でも、そんな一流企業にあなたのような能無しが入れるわけないしねぇ」


 やれやれ。

 これは長くなるな。

 早めに切り上げようか。


「引っ越しをするんです。今日はそのご挨拶で来ました」


「はへ!? ひ、引っ越し!? や、家賃はどうするんだい!? あんたは立派な金づる……じゃなかった。あんたのことを心配して言うんだけどね! こ、このマンションより安い所なんかありゃしないんだよ!!」


「家賃はありませんね」


「え? ……もしかして、実家に帰るのかい?」


「まさか。住む家を手に入れたんですよ」


「はぁ? も、持ち家があるのかい?」


「まぁ……」


 家というかビルだがな。


「わかった! 田舎に住むんだろう! 私は知ってるんだよ! 田舎の家は格安で手に入るってニュースで見たことがあるんだ。駅からバスで1時間くらいの所に家を買ったんだろう! そうに決まっている!!」


「駅から徒歩5分ですね」


「なにぃいい!? じゃ、じゃあ狭いんだ! 3畳一間のボロアパート」


「5階建ての綺麗なビルですね」


「はぃいいいいいい!?」


「じゃあ、来月には出て行きますので」


「ちょ、ちょちょちょ!」


 大家さんは顔を曇らせた。

 そして、ドスの効いた声を出す。


「待ちなぁ……」


「どうかしましたか?」


「片井さん。あんた、もしかして、事前に払った敷金の30万円を当てにしてるんじゃぁあないだろうねぇえええ?」


「は?」


「30万円が返ってくるとでも思っているのかしらぁ?」


 いや。

 そんなこと微塵も考えてなかったが?


「クハハハ! もしも、敷金が少しでも返ってくると思ったら大間違いさね。そんなもんは返ってこないよ!」


「はぁ……」


「マンションには補修費用が掛かるんだ! あんたの敷金は全部使わせてもらった!!」


 いや、どの補修に使ったんだよ?


「それどころか、追加の費用が必要なのさ。出ていくんならハウスクリーニング代として100万は貰うからねぇええええ!!」


「おお」

 

 それは大金だな。


「ギャハハハ! この100万円はツケは効かないよ。金がないなら出ていくことはできないさ! 毎月の家賃を払うのでもヒィヒィ言ってた若造が、100万なんて大金、払えるわけないよねぇえええ!! 払えないんじゃぁあ、このマンションから出すわけにはいかないねぇええええ!! あんたはこのマンションで家賃を払い続けるんだよぉおおお!!」


「いえ。払えますよ」


「え?」


「100万ですね」


 まぁ、最近は探索業が安定しているし配信料も入ってるくるからな。余裕だろう。

 それに、このマンションは俺と 衣怜いれの思い出が詰まってる素敵な場所だからな。お婆さんには管理人を頑張ってもらって残しておいてもらいたいよな。


「じゃあ、今日中に振り込みますから」


「え? あ……、ほ、本当に振り込むのかい?」


「ええ。安心してくださいね。それじゃあ、俺は引っ越しの準備があるので失礼します。今までお世話になりました」


「え、ええ……」





 後日。

 片井はこの件を西園寺社長に報告した。

 彼にすれば世間話のような感じである。


 しかし、西園寺は目を見開いた。


「なにぃいい!? ハウスクリーニング代で100万円払っただとぉ!?」


「ええ。なんだかんだでお世話になりましたからね。それに思い出の場所なんですよ」


 西園寺は片井の気持ちを汲み取ってなにも言わなかった。

 しかし、部下には強い口調で指示を出す。


『あのマンションを調べあげろ』と。


 翌日。

 あのマンションの前には西園寺不動産の高級外車が止まった。

 車から出てきた彼女はマンションを見上げる。


「私の恩人を騙すなんて許されないことだ」


────

次回、大家さんの回です!

お楽しみに!

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