第20話 寺開のスキル

「ひぃいいい!!」


  寺開じあくは腰を抜かしているようだった。

 大した怪我はしていないのに地面を這っているのだ。

 おそらく恐怖で足がいうことを聞いてくれないのだろう。


 さて、


「おまえの処分だがな 寺開じあく


「ひぃいいい!! た、助けてくれぇええええ!!」


 やれやれ。

 都合のいいことを言う。


 こいつは、 寺開じあく財団の当主だ。

 財団に不利益な人物はダンジョンの中で殺害してきたという。

 この悪行を見過ごすわけにはいかない。

 

「おまえがやってきた殺人行為は許されるものではない。コウモリに記録したおまえの言動は警察に提出させてもらう」


「そ、そ、そんなぁああ! 頼む、それだけはぁあああ! それだけは勘弁してくれぇええええ!!」


 できるわけがないだろう。


衣怜いれぇええ! 頼むぅうう!! 一緒にやってきた仲じゃないかぁあああ!! おまえを仲間にしてやった恩を忘れたのかぁああああ!?」


「……じ、 寺開じあくさん。確かに、私はあなたに仲間にしてもらったわ。でも、その内情は酷かった。道具のようにこき使われ、人間の尊厳は奪われた」


「そ、そんなこというなよぉおお! それはおまえの勘違いなんだぁあああ! 俺はおまえのことを心から愛していたんだよぉおお!!」


「あなたは私の体だけが目当てなんでしょ。なにもかも、ここにいる 真王まおくんと探索を始めて理解できたわ」


「頼むぅうう!! 許してくれぇええええ!!」


「私だけならいざ知らず。 真王まおくんの命を奪おうとした行為。許せるわけがないでしょ」


 そう言って、大剣を構える。


「動けないようにめった打ちにしてやるわ」


 その時。

  寺開じあくの目が光った。

 胸元から何かを取り出す。


「気をつけろ 衣怜いれ 寺開じあくは何かを隠しているぞ」


 取り出したのは小さな鈴だった。


「グフフ。これはモンスターを引き寄せるレアアイテム。魔寄せの鈴だ」


 それを振るとチリンチリンと邪悪な音が鳴り響く。


真王まおくん! モンスター集まってきてるよ!」


 やれやれ。


「最後のあがきか」


 しかしな。

 このダンジョンのモンスターをいくら集めたところで、俺たちにとってはなんてことはないんだ。


 俺と 衣怜いれはモンスターを一掃する。

 刹那。



結合ユニオン!!」



  寺開じあくの声だ。

 スキルでも使ったのか?


 すると、1匹の狼の体に 寺開じあくの体が溶け込んでいた。

 あれはプラントガウ。緑色の毛をした木属性の狼型モンスターだな。


「ギャハハハ! これが俺のスキル 結合ユニオンだ! 誰も知らない秘密のスキル。俺はモンスターと融合ができるんだよぉおお!! 鈴で集めたモンスターは囮にすぎん!! 俺が求めていたのはプラントガウさ。こいつはダンジョン内最速のモンスターだ。これで出口まで一直線だぜ! こんなダンジョンは抜け出して、海外に逃亡してやるわぁああ! 日本の法律が届かない所になぁあああ!!」


 ふむ。

 中々に早い。


「ギャハハハ!! 追いつけまい!! あばよぉおおおお!!」


 やれやれ。

 そういうスキルがあるならもっと他に役立てればいいものを。


「言うのを忘れたがな。魔法には射程距離というのがあってだな。俺の防御魔法は50メートルなんだ」


 なので、おまえは圏内さ。

 進行を妨害する壁を出現させることくらい造作もないこと。


攻撃アタック 防御ディフェンス


ガシン!


「ギャウッ!」


  寺開じあくは魔法壁にぶつかった。


「ク、クソ! だったらこっちだぜ!!」


 向きを変えても同じこと。


攻撃アタック 防御ディフェンス


  寺開じあくは魔法壁に囲まれた。


「あぐぐぐぐ……。に、逃げれん……」


 追い詰められた悪党がするのはだいたい相場が決まっているがな。


「だったら噛み殺してくれるわぁああああああ!!」


 やれやれ。

 だから、無駄だと言っているだろう。


攻撃アタック 防御ディフェンス


 奴は壁に顔をぶつけた。

 鼻の骨がボキっと折れる。


 まぁ、もっと骨は折れるだろうがな。


衣怜いれ。この壁を君が押してやってくれ」


「わかったわ」


 彼女は大剣を振り上げた。

  寺開じあくとの関係を断つように、その剣身を打ち付ける。




「2度と、私たちの目の前に現れないで!!」


 


 魔法壁は 寺開じあくの体をぶっ飛ばした。



「ぎゃぁああッ!!」



 ボキボキボキーー!!

 当たった衝撃で全身の骨が砕けたのがわかる。

 ダンジョンの壁に挟まれれば再起不能だろう。


 しかし、奴は吹っ飛ばされながら笑った。

 奇妙にも、勝利を確信しているかのように。


「フハハハ! バ、バカめ! こ、この時を待っていたんだよぉお! 俺を舐めるんじゃなぁあないぞ!  寺開じあく財団当主、 寺開じあく 晴生を舐めるんじゃないぜ!!」


 なんのことだ?

 奴の負けは確定だが?


「こっちなんだよ! 吹っ飛ばされる場所が重要だったんだぜ!!」


 それはボスルームの扉だった。


 うん?


  寺開じあくはその扉を破って部屋の奥まで入った。

 そして、



結合ユニオン!!」



 ボスルームから強烈な発光。


 あーー。なるほど。


 周囲の壁に穴が開くと、そこから顔を出したのは緑色の触手だった。


「ククク……。湧いてくるぞ力が」


 ズボ! ズボ! と次々に穴が開く。


「グハハハ! この時を待っていたんだよぉおおお!!」


 周囲の壁が全て破壊される。

 土煙が舞い上がると巨大な影が揺らめいた。


「ハハハハハ!」


 ボスルームから出てきたのは巨大な蔦の化け物だった。

 しかも、その中心は 寺開じあくの顔になっている。


真王まおくん……。これって?」


「ああ。どうやら、ダンジョンボスの体と 寺開じあくの体が融合したようだな」


 奴の笑いがこだまする。


「ギャハハハ! 乗っ取ったと言って欲しいなぁああ!! ボスの力で俺の力が何十倍にもなったぜぇえええ!!」


 そう言って周囲の壁を破壊する。


「見ろ! この威力! 圧倒的パワー! 人間を超越した力だぁああ! ギャハハハ!!」


 やれやれ。

 これはこれで盛り上がって来たな。

 よし、ここからは配信をスタートさせようじゃないか。

 ボス戦だけを視聴者にお届けしよう。


「ども、俺です。さっきはボスルームの前で配信を切ってしまってすいませんでした。ちょっとカメラの不調だったんです。あれ見えますか?」


「フハハハ! 全て破壊してくれるわぁあああ!!」


「すごいでしょ。喋るボスモンスターですよ。人面樹っていうんでしょうかね。新種のモンスターかもしれません。ちょっと今から戦ってきます」


「なにをこそこそと喋っているのだぁあああああ! 片井ぃいいいい!!」


 うぉい!

 俺の名前言うなよな。

 えーーと、誤魔化しておこうか。


「あのモンスターは破壊してる壁がと言っています」


 よし、これでなんとかなっただろう。


「グハハハ! 俺は最強だぁあ!!」


「随分と自信があるんだな?」


「グハハ! 当然だろう! グレインハウズと同化したのだからなぁああ! S級モンスターだぞぉおお!!」


 ほぉ。


「喋るグレインハウズのようです」


「貴様……。さっきからコウモリに向かって話しかけているな。もしかして配信をしているのか?」


「ああ、折角だからな」


「……フッ。ハハハハ、バカめ! 貴様の死ぬ姿を全世界に晒すだけだぞ!」


「それはどうだろうな?」


「ギャハハハ! これはいい! 最高の展開だ! 褒めてやる!!」


「そりゃどうも」


  寺開じあくはモンスターに同化して身バレはしない。俺はコウモリが背中しか映さないからな。互いに身バレしないなら最高の配信ができるだろう。


「グハハハ! では、見せてやろう。最強の力を!」


「悪役全開って感じだな。ボスモンスターらしいよ」


「やかましい! 勝てば正義なんだよぉおおお!! ギャハハハ! 死ねぇええ!!」


 奴は触手を伸ばしてきた。

 凄まじい速度である。

 一撃でも喰らえば命はないだろう。


 まぁ、当たればの話なんだ。


攻撃アタック 防御ディフェンス


「フハハハ! 貴様の貧相な魔法壁など、ぶっ壊してくれるわぁああああ!!」


ガン!!


 魔法壁はビクともしなかった。


「な、なにぃいい!? こ、この! このおお!! 壊れろぉおおお!!」


「だから、言っているだろう。俺は魔法壁を強化できるってな」


「そ、そんな! だからってなぜだぁああ!? なぜ破壊できんのだぁあああ!! これしきの魔法壁ぃいい!! 俺はボスの力を手に入れたんだぞぉおおお!!」


  衣怜いれは大きな胸を張った。


「鉄壁さんは、どんな攻撃も魔法壁で防ぐのよ」


「にゃぃいいいいいいいッ!?」


  寺開じあくは必死になって魔法壁に攻撃した。


「壊れん! ひび一つ付けることができんんん!! なんなんだこの壁はぁああああ!?」


 まぁ、念のためだがな。

 過剰に強化しておいた。





「魔法壁50倍。おまえに傷は付けれない」





 さぁ、お仕置きの時間だな。


「今までは、魔法壁を掌底で押し込んで倒していたんだがな。おまえに対しては生緩いと感じた」


 今まで殺された人々の無念。 衣怜いれに行ってきた非礼の数々。到底、許すことはできんだろう。


 よって、


「拳で制裁を加えることにした」


「こ、このぉお! 壊れろ壊れろ壊れろぉおおおおお!!」


 俺は壁に向かって拳を大きく振り被った。


 その拳で、


 


 壁を、





 打つ!





「はぁあッ!!」


 



 

 その壁は、掌底で押し込んだ時より何十倍ものスピードで移動する。

 そして、勢いよく 寺開じあくの体にめり込んだ。






「アギャァアアッ!!」





 そのまま50メートルほどぶっ飛んで行く。

 盛大な衝突音と血肉が周辺に舞い飛ぶ。


 うむ。


 おまえが言っていた言葉をそっくりそのまま返そうか。





「勝てばなんだろ?」





 しまった、ちょっとカッコつけてしまったかもしれないぞ。

 そんなつもりは微塵もなかったのだが……。


「ふはぁ……。て、鉄壁さん……。カ、カッコいい……」


 思いっきり見られたぁ……。

 これ配信してるんだったな。

 ちょっと黒歴史になったかもしれん。

 やっちまったな。


 その時である。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!


 地響きが鳴り響く。


「鉄壁さん。ダンジョンが消滅するよ!」


「ああ」


 どうやら、ボスが絶命したようだな。


 地響きが治ると、俺たちは地上に戻っていた。


「はい。というわけで、ダンジョンクリアです。ご視聴ありがとうございました」


 俺は祈りながらコウモリの電源をオフにした。

 最後のセリフは忘れてくれますように、と想いを込めて。


 遠くに横たわるのは、体がグチャグチャになった 寺開じあくだ。

 血だらけで、あちこちの肉が削げ落ちて骨が飛び出ている。

 にもかかわらず、


真王まおくん。こいつ、まだ少しだけ息があるよ」


 よし。通報しようか。

 

「安心しろよ 寺開じあく。おまえの悪行はしっかりと裁いてもらうからさ」


 数分後。

  寺開じあくは警察に連行された。

 彼が率いた、探索者たちも同罪である。もちろん、 寺開じあくと共に逮捕された。


 警察に提出した動画は 寺開じあくの犯罪の証拠のパートとボス戦の配信パートで別れていた。

 当然、身バレを防ぐために俺の顔は写っていないのだが……。

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