第8話 罰を受ける者

  寺開じあくは勝ち誇ったように笑う。


「ギャハハ! ほら、どうした? 早く土下座しろよ! ギャハハハ!」


「なぜ、そんなことを俺がする理由があるんだ?」


「プクク。余裕振っても無駄無駄。ビビってるの丸わかりだから」


「いや、特にビビる要素はないが?」


「おいおい。もしかして、まだ状況を理解できていないのか? まさか、そこまで馬鹿じゃないよな? 傷害罪ってわかる? 暴行罪じゃないぞ、傷害罪だぞ?」


「一応理解してますよ。暴力事件になって、相手に怪我を負わせたら傷害罪。怪我がなければ暴行罪ですよね」


「ふふふ。そこまで理解してるなら話は早い。おまえの犯した罪が、この曲がった鼻が証明してくれるよな? クフフ。明らかに傷害罪だ」


「えーーと。正当防衛ですけどね」


「はははーー! それはおまえの感想だろうがぁ! どこに、そんな証拠があるんだよぉおお!? ひぃーーーー! 笑かすな! 完全に論破されていることに気がつけっての! 笑いすぎて腹が痛いわ! クヒヒィイーー!」


「証拠ねぇ……」


「クハハ! 俺は動画を保存してあるんだよ! おまえの戯言を警察が聞いてくれるもんか!」


「いや。聞いてくれると思いますけど?」


「ははは! 頭がお花畑だな。口だけならなんとでも言えるんだ。動画に残っているのはこの鼻が折れた映像だけさ。おまえが俺の頬を殴り、魔法を使って鼻を折ったな!」


「あなたが斬りかかって来たからじゃないですか」


「ぐふふ。だから、それはおまえの感想だろうが! 俺が斬りかかったのは、おまえが殴ってきたからにすぎん。こちらも正当防衛さ。それが動画に残っていて証拠が完璧に存在する。わかるか? これが完全な論破なのだよ」


 金髪の巨乳美少女が声をあげた。


「待ってください! 彼は私を助けてくれたんです! あなたが私の衣服を剥がそうとしたから彼はそれを防ごうとしてあなたを投げ飛ばしたんです」


「バーーカ。そんな証拠がどこにあるんだよ。他のメンバーが証言してくれるさ。なぁ、みんな? 俺はそんなことしてないよなぁ? 片井が急に襲って来たんだよなぁ?」


 3人の女は眉を寄せ、覇気のない返事を返した。


「「「 は、はい 」」」


 やれやれ。 寺開じあくのいいなりか。


「グフフ。あーー痛い痛い。鼻が痛いなぁあ。おまえに折られた鼻の骨が痛い。この動画を持ったまま警察に駆け込むとしようかなぁ?」


 ふむ。

 あくまでも自分は悪くないと言いたいのか。


「構いませんよ。どうぞ、警察に行ってくださいよ」


「ははは! 強がってる場合かよ! 探索者資格を剥奪してもらうぞ! こっちは、貴様を刑務所に送ることだってできるんだからなぁ!」


「それはどうでしょうねぇ」


「ははは! 強がったって無駄無駄」


 金髪の美少女は俺の方へと駆け寄って来た。


「あ、安心してください。わ、私があなたの身の潔白を証明してみせます!」


「ぎゃははは! 無駄無駄ぁ! 証拠がなければ警察が動いてくれるもんか! あるのは俺の動画だけなんだよぉ! この無能女がぁああ!! 法律も知らんガキは黙ってろ!!」


「で、でもでも。わ、私が証言すれば……」


「ぎゃははは! ガキが!! だから無能なんだよ! 俺は有能な弁護士も雇っているんだ。貴様の証言なんか吹っ飛ぶくらいに論破してみせるわ!」


「うう……」


 彼女は震えていた。

 よほど悔しいのだろう。


「論破論破論破ぁああああああ!! 無能どもがぁああ!! 理路整然とした俺のロジックにひれ伏ぇえええ!! ギャハハハーー!!」


 やれやれ。とんでもないリーダーだな。

 こんな調子じゃあ探索も大変だったろうに。


「ごめんなさい。せっかく私を助けてくれたのに、あなたに迷惑がかかってしまいました」


「安心してよ。俺は大丈夫だからさ」


「でもぉ……」


  寺開じあくは勝ち誇ったように笑う。


「ククク。片井よ。謝罪の姿勢が見えんと、貴様の罪は更に増えることになるぞ? この事件は刑事罰だけで終わらんからな。民事でも裁判して慰謝料を請求してやるんだ。わかるか? 貴様は警察からの罰金刑を受け、その上、民事訴訟による慰謝料の請求が行くんだ。つまり破滅さ。ぎゃはははは!」


「やれやれ。そんなことにはなりませんよ」


「バーーカ、バーーカ! 強がるなっての。声が震えてるのがまるわかりぃーー。地上に出たら絶望が待ってますよぉお? ぎゃははは」


「絶望が待ってるのはそっちでは?」


「なんだと? ククク。俺にあるのは勝利だけさ」


「勝利なんてありませんよ」


 そう言って、俺は事前に起動させておいたコウモリカメラを指差した。


「は!? き、貴様。録画していたのか?」


「ええ。ややこしそうな事案だったので」


「な、なにぃい!? い、いつからだ!?」


「彼女と揉めている所からですね」


「な、なにぃいいいいいいいいいいいいい!? それは困るぅうう! 困るぞぉおおお──」


  寺開じあくは絶望の仕草を見せたかと思うと、再びニヤリと笑った。



「──なぁあんてな」



 なに!?


「んなことは知ってたんだよぉおお! ボケナスがぁああ!! 貴様が事前にコウモリを使っていたことはなぁああ!! グフフ。この 寺開じあく 晴生を舐めるなよぉ! 撮影されていることに気がついた俺は、仲間の女を使って貴様のコウモリに霧の魔法を付与しておいたのさーー! 撮影した動画を見てみるがいい。映っているのは白い靄だけだろうぜ。ギャハハハ! おおっと、音声は録れてるから大丈夫、とか思ってたら間抜けだぜぇ。霧の魔法は音声にも雑音を与えるからよぉおお! クハハ!! つまりは何も録れてないのさぁあ!! この晴生さまをハメるなんざ百億万年早いんじゃボケがぁあ!!」


 ほぉ……。確かに、目を凝らすと俺のコウモリには白い霧がかかっているな。


 金髪の美少女は絶望していた。


「あああ……。そんなぁ……」


「ギャハハハ! 片井ぃいいい!! おまえが俺に敵うはずはないんだよぉおお!! ギャハハハーー!!」


 美少女は深々と頭を下げた。


寺開じあくさん。どうか許してください! この方は関係がないんです」


「それはおまえらの態度次第だろうがぁあああ!!」


「ど、土下座をすれば許してくれるんですか?」


 そう言って両膝を地面に付けた。


「グフフ。土下座は当然だぞ?  衣怜いれよ。おまえは夜の接待も付いてくるからなぁ。グフフフ。おまえは体で奉仕することもセットなんだよぉおおお!!」


 彼女は涙を流す。


「うう……。わ、わかりました。どうか、どうか彼だけは助けてあげてください」


 やれやれ。


「そんなことはしなくていいよ」


「で、でもぉ……」


 俺は彼女を起こした。


「邪魔すんな片井ぃいい!! 貴様が頼りないからこうなってんだよぉお!! 彼女の代わりにおまえが土下座するから許して欲しいとでもいうのか? んなもん、却下だからな!!  衣怜いれも土下座。貴様も土下座なんだよぉお!! ボケがぁああああああああ!!」

 

 ふぅ。


「俺も彼女も、おまえに謝罪なんかしないさ。こちらに過失は1%も存在しないのだからな」


「バカがぁあああ!! だから、それはおまえの感想だと何度も言っているだろうがぁあああ!! 言葉ではなんとでも言えんるだよぉおお!! この無能がぁあああ!! 俺は証拠があるんだよぉお!! おまえにはなぃいい!!」


 証拠がないだって?


 俺はパチンと指を鳴らした。

 その音に反応して黒い物体が宙に浮かんだ。


「ありがたいことにさ。探索業は安定して、収入はそれなりにあるんだ。そうなると、配信動画の撮影には慎重になるよな? 保険をかけるのは当然だろう」


「な、なにぃいいい!? あ、あれはコウモリか!? な、なぜだぁあ!?」


 空に飛んでいたのは2台目のコウモリカメラだった。


「俺は自分のコウモリで撮影したと言ったよな。でも、1台とは言ってないからな」


「なにぃいいいいいいいいい!? 2台目を持っていただとぉおお!?」


「うん。2台目には霧の魔法は掛かっていないようだな。きっと綺麗な動画が撮れているだろうさ」


「ああああああああ……」


「念のためにな。予備のコウモリも起動しておいたのさ」


「あぅうううう………」


 おやおや?

 さっきまでと様子が変わったな。


「どうしたんです? なんだかバカ笑いが消えたようですが?」


「うぐぐぐぐぐぐぐ……」


「論破祭りなんですよね? 理路整然としたロジックなんですよね?」


「うううううううううう……」


 どうやら混乱しているようだな。

 丁寧に説明してやろうか。


「あなたが行った、部下に対するパワハラ。セクハラ。暴力。全て録画できてますよ」


「あぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」


「彼女の服を脱がそうとしたんです。流石に投げ飛ばされても誰も文句は言えんでしょう」


「ぬぐぅううううううううう!」


「その後は、剣を抜いて俺を殺そうとしましたよね? その正当防衛で魔法壁を張って、それに当たったあなたの鼻が折れた。その一連の流れに俺の悪い所ってあるんですかね?」


「ぬぬぬぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぅ……」


「それより、あなたの悪行の方が圧倒的に目立つと思いますよ? この動画を警察に提出して、彼女が被害届けを出せば、あなたの方が捕まるんじゃないですか?」


「ぐぐぐぐぐぅうううううう!!」


 やれやれ。

  寺開じあくの奴、すごい汗じゃないか。

 体中の水分が抜け出て干からびそうな勢いだな。


「民事も請求できるかもしれませんね。セクハラにパワハラ。暴行罪も成立するでしょう。あーー、勿論、俺は彼女の味方ですよ。全力で彼女の証言をサポートしますからね。現状のありのままを警察に伝えることにしましょう。それで判断してもらえばいいんです。どっちが悪いのかをね」


「は、ははは……。じょ、冗談じゃないかぁ」


 はぁ?


「ジョーークだよ。ジョーークぅうう! な、なぁ 衣怜いれ? 俺とおまえの仲だもんなーー? そんなのは冗談だよなーー?」


 いやいや。


「どの口が言ってんだよ」


「うるさい! 部外者は黙っていろ!」


「いや、俺はもう部外者ではない。おまえは俺を殺そうとしたんだからな」


 彼女は俺の背に隠れる。


「わ、私はこの人の味方です!! 全力で擁護します!!」


「うう。だったら死ねぇええ!! コウモリもろとも塵にしてくれるわぁ!!」


  寺開じあくは斬りかかってきた。


 やれやれ。

 正体を表したか。


攻撃アタック 防御ディフェンス


 俺は 寺開じあくの前に魔法壁を張った。


「ハギャア!」


 奴がぶつかるや否や、その魔法壁を、


「よっと」


 押し込める。


 すると、魔法壁とダンジョンの壁に 寺開じあくは挟まった。




「ぐへぇええっ!」




 まぁ、死んではいないだろう。


「ありがとうございます!!」


 彼女が深々と頭を下げると、サラサラの髪の毛が輝いた。


「怪我はない?」


「は、はい……♡」


  寺開じあくはピクピクと痙攣する。顎は外れ、大きく開いた口からは血反吐を吐く。



「あ……あが……あがが……」



 全身粉砕骨折は免れないだろう。

 命があるだけ感謝して欲しいところだな。


ガクン……。


  寺開じあくは白目を剥いて気絶した。

 

 やれやれだ。

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