第31話 買い物、後に揺らぐ距離
数時間前
私は一人でを校門を通って、学校を出ていた。
今日は委員会の仕事があるので、終夜さんはいない。
生徒の皆さんが横を通り過ぎていく中、私は考え事をしながら歩いている。
「やっぱり、回復祝いに何か差し上げた方が良いのでしょうか」
終夜さんの骨折が治り、せっかくならお祝いしてあげたい。
本人は別にいいと言ってはいたものの、私としても気持ちは伝えるべきでしょう。
それに何より、記憶が無いとはいえ、終夜さんにあそこまでの怪我を負わせてしまったのは自分。
謝罪の意味も込めて、何か渡してあげるべきですよね。
とはいえ、一体何をどこで買えばいいのか。こういう物を贈ったことがないので分かりませんね。
御歳暮ではないのですし、そこまでしっかりしたものである必要はない。とはいえ、何かしら特別感のある物が良いでしょう。
自宅付近にそういったものが買える場所はありませんし、どうしたものでしょうか………
「あっ、そうだ。デパート!」
私はポンッと手を叩いて頷いた。
前に終夜さんと行ったばかりとはいえ、何かプレゼントを買うならあそこが適任に違いない。
そうと決まれば早速行動です。
私はいつもの進路を変更し、駅前のデパートに向かった。
程よく涼しいクーラーに出迎えられて、私は壁に掲示されている案内地図を見渡した。
普段そこまで頻繁に来ないから、どこに何があるかあまり覚えていないんですよね。
「こう見ると色々ありますね」
食品、衣服、装飾品などなど………これだけで決めるのはさすがに無理ですね。
手持ちはそれなりにあるため、せっかくなら時間をかけて選びたい。
時間はあるんですし、色々見て回りましょう。
そんなわけで一階から順に、私はお店を見て回る。
以前終夜さんと共に来た時に好きな物でも聞けばよかったのだが、あの日は色々とそれどころじゃなかった。
何より途中から人格が変わったおかげで、半分以上記憶がない。
せっかくの終夜さんとの時間を邪魔されてしまうし、変な服は買ってしまうし。
まったく………
「今は出てこないでくださいよ」
念のため、聞こえてるかどうかわからない、もう一人の自分に注意をしておく。
「しかし、なかなか決まりませんね」
思ったよりもしっくり来る物が無くて、私は首を捻った。
エスカレーターに乗り上の階へと向かう。
物は豊富だし、すぐに決まると思っていたのですが………いざ考えると決められないものですね。
「いっそ無難にお菓子とか………おや?」
首を捻って歩いていた私は、思わず足を止めた。
「この雑貨屋って………」
なかなかおしゃれな店内は、どこか見覚えがある。
そういえばここ、前に終夜さんと来た時に入ろうと思ってたんですよね。小連翹さんのおかげで時間がなくて入れませんでしたが。
普段はあまり入りませんが、こういったお店で何か小物を買うのもいいかしれませんね。
何となく惹かれて、私はお店の中に入った。
店内の内装と比例するように、置いてある小物は煌びやかな装飾が施されていたり、シックな絵が描かれていたりとおしゃれな物が多い。
店内を歩いている人達も、私と同い年か少し年上くらいの女性がほとんどだ。
綺麗な小物達を追うように店内を歩いていると、気になるものが目に飛び込んできた。
「これは………ストラップ?」
壁から吊るされて並んでいたのは、ちょうど私がバッグにつけているようなストラップだった。
宝石のような艶のある石が花の形を模っている。
その石は紺色で、物静かな終夜さんのイメージによく合っているように見えた。
「いいかもしれませんね」
私は手に取ってジッと眺める。
これくらいのストラップなら、渡してもそこまで負担にならないでしょうし。
「喜んでくれるでしょうか………」
人に物を贈ったことがないので不安ではあるけど、私ならまぁ悪い気はしない。
隣を見てみると、緑や赤など他の色で同じ形のストラップも並べられていた。
そういえば、今私がバッグにつけているストラップは壊れてしまっている。
私にとっては大切な物だし、壊れたからといって外すつもりはない。
けど壊れた物だけというのも、それはそれで見た目のバランスが悪い。
ここで新しい物を買うのもいいですね。
緑のストラップを手に取ると、左手にある紺色のものと見比べた。
「色違い………」
頭の中にふと、それぞれのキーホルダーをつけている私と終夜さんの様子が浮かんできた。
「なんだか………いいですね」
ふと呟いてから、店内に飾られている鏡に映っている自分の顔が目に入った。
そこにいる私は、本当に自分かと思うほどに頰が緩みきっていて、一瞬でも見るに耐えない顔をしている。
そんな鏡の向こうの自分と目が合って、一気に頭が冷える。
「〜〜〜〜〜ッ!」
我に返った私の顔は熱くなり、それを振り払うように慌てて首を横に振った。
「何を考えているんだか………」
私は緑のストラップだけを戻すと、そそくさとその場を離れてお会計へと向かう。
最近の私は、何かが変です。
ふとした時、強く感情が揺さぶられる。
その感情は自分でも気づかない内に外に出て、収拾に困ってしまう。
今まで感じなかった感情だったわけじゃない。それなのに、自分の手に余る。
そんな時、決まって頭に思い浮かぶのは………
「これも、病気のせいでしょうか………」
せっかくなのでラッピングしてもらいお会計を済ませると、私はため息混じりに雑貨屋を出た。
とはいえ、目的は達成しました。明日にでも渡しましょうか。
そんなことを考えつつ人混みの中を歩いていると、
「えっ?」
一瞬目を疑った。
私の前を通り過ぎていったのは、学校か自宅にいると思っていた終夜さんだ。一人でのんびりとエスカレーターを降りて行った。
ここにいるということは、もう委員会が終わったのでしょう。
何故デパートにいるかは不明ですが、これは絶好の機会です。
せっかくなら今プレゼントを渡してしまいましょう。
そう決めると、自然と足が前に出た。エスカレーターを降りて、アクセサリーショップの前で止まった彼女の後ろを追いかける。
「あ、あの、終夜さ………!」
「あっ、終夜さーん」
私の声を遮るように、誰かが終夜さんの名前を呼んだ。
人混みの中でもよく通るその声の主は、アクセサリーショップから出てきた。
私と同じ制服だけど、リボンの色だけが違う。先輩なのはすぐに分かった。
誰………あの人?
頭に浮かんだ質問に答える者はおらず、その先輩は終夜さんに近づくと、笑顔で何か話しかけている。
終夜さんも声をかけられたことに驚く様子もなく、口を小さく動かして言葉を返す。
そして二人はすぐに並んで歩いてこちらへとやってきた。
先輩は背が高くて体格もしっかりしている。細身の終夜さんと並ぶと、より強調されており、運動をしているのは何となく察せた。
たまたま会ったわけじゃない、ということだろうか。元々一緒に来たのでしょう。
一方私は、その場を動かず呆然と二人を眺めていた。
さっきまで普通に歩けたはずなのに、杭でも打ち付けられたかのように動けない。
心臓を中心に息苦しさが全身へと伝播していく。
二人が私の真横を通り過ぎようとしている。何となく話してる内容も聞こえてくる。
距離はあるけど、声をかければ気がついてくれるでしょう。
そう考えたら、居ても立っても居られない。
「あの、終夜さん………!」
私は声をあげて足を踏み出そうとした。
その時、いきなり先輩が終夜さんを抱き寄せた。
咄嗟でバランスを崩した終夜さんが、背の高い先輩の腕の中に収まる。
「終夜さん、大丈夫?」
「えっと、先輩………何してるんですか?」
「いや、だってほら。ぶつかりそうだったから、何となく引き寄せたんだけど。ごめん、驚かせちゃった?」
「いや、まぁ………ちょっと」
ズキッ
話している二人を見ていると、感じたことのない痛みが私の心を抉った。
傷はどんどん広がり、痛みは全身から力を奪い、私をその場に縫いつける。
前に終夜さんが、見知らぬ男性に迫られているのを見たことがあった。
だから分かる。終夜さんはあの時とは違い、戸惑っている様子ではあったが、嫌がっているようには見えない。
終夜さんの家に泊まった時、糸魚ちゃんと触れ合ってるのを見てもこんな気持ちにはならなかった。むしろ、家族の温かい一面が見れて、微笑ましかった。
それなのに………これは、すごく嫌だ………
程なくして、二人は出口に向かってまた歩き出す。先輩は終夜さんを手すり側を歩かせて、ぶつからないようにしていた。
やはり私に気がつくことはなかったが、今でも声はかけられる。
それなのに、声をかける気力すらなくなって。ただ先輩と並んで歩く終夜さんを眺める。
先輩が電車を使うのか、二人はデパートの出口ですぐに別れた。
その瞬間、私は駆け出してデパートを出た。
終夜さんはベッドフォンをつけると、のんびりと歩いて人混みの中に混ざっていく。
「終夜さん………」
彼女の名前を呼んでも、届くわけもなくて。
家に帰った後も、心の中にできたモヤモヤは無くならなかった。
お風呂から上がると、何となくスマホを手に取る。ベッドに腰掛けて終夜さんとのチャットを開いた。
一緒にいた先輩が誰なのか、ずっと気になって離れない。
その気掛かりを解消する方法は、割とすぐに思いついた。
簡単な話で、本人に聞けばいい。きっと普通に教えてくれるだろう。
『夕方にデパートで見かけましたが、一緒にいた方はどなただったんですか?何をされていたんですか?」
感じたことを素直に文章に書き出した。
いつも連絡をするように送信しようとする………が、手が止まってしまう。
手指の関節が錆びたかのようにぎこちなくなり、お風呂で上がった体温が少しだけ冷めた。
送ろうとしている文をじっくりと眺めて
「これは………良くないですね」
違和感はすぐに気がついた。
じんわりと滲み出る圧に、自分でもたじろいでしまう。
私は一体、どこの立ち位置から話しかけようとしているのか。これはどう考えても、友達の距離感じゃない。
私達は友達です。友達には友達の距離感があり、それが分からないほど私も子供じゃありません。
それなのに、今の私はフラフラしている。何かの衝動に押されて、立ち位置が不安定だ。
きっとこのまま話していたら、どこかで言葉を間違えてしまう。そんなことはしたくない。
だから、今は話さない方がいい。
私は文章を消すと、膝を抱えて蹲る。
結局モヤモヤは晴れるどころか、さらに濃くなった気がする。あるかどうかも不確定だったそれは、段々と凝集して塊となっていく。
スマホをベッドの隣にあるテーブルに置くと、私は身を投げ出して横になった。
真っ白な天井を見上げて、息を漏らす。
終夜さんだって私以外に友達はいるし、それが先輩でも何も不思議なことではない。
分かってる、分かってるはずなのに………何でそんな当たり前のことが、こんなにも苦しいのでしょうか………
「………寝よう」
何となく呟いて部屋の明かりを消す。
もう夜も遅いし明日も学校だから、早く寝なければならない。
そう思ってるのに………今日は、あまり寝られない気がした。
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