第40話 朝ヶ谷ゆうと9月5日
朝起きて、今日が9月5日である事を認識する。いつもならその日は舞羽が特別楽しそうにはしゃぐ日であり、僕にとっては一年で一番大変な日である。
今日は天ヶ崎舞羽および蝶の誕生日だ。
「ラインを送るか? ……いや、やめておこう。あれだけ頑なに既読をつけなかったのだから今さら送ったところで無駄に苦しめるだけだ」
ところが今は舞羽は東京にいる。正確に言えば一年で一番大変な日であった。が、今年からはそうではない。毎年大騒ぎの誕生日だったのに引っ越していきなりライン一個でお祝いをすますのも気が引けて、僕はスマホをポケットにしまった。
「ゆうーー。ごはーーん」
母の呼ぶ声がする。僕は部屋を出ると階段を降りてリビングへと向かった。
僕は誕生日プレゼントを用意していなかった。忘れていたわけではないが用意したところでどうやって渡せと言うのだ。僕は舞羽の家がどこにあるのかも知らないのに送ったって住所不明で帰ってくることは必定。蝶に聞けば解決するという簡単な事に気づかなかったのは、僕の中に舞羽に対する罪悪感があったからだろうか。舞羽にラインを送れないのに妹に送るなど裏切りであると、そう感じていたのだろう。
「お母さん今日は泊まりだから、夜は自分で作ってね」
母は朝食をテーブルに並べながらそう言った。僕は「そう」と答えて椅子に座った。
宿泊施設が併合している道の駅のレストランで働いている母は、ときおり当直として職場に泊る事がある。僕の家からさほど遠くないところにあるから夜ご飯を食べに行ってもいいのだけど、僕は気骨ある男となるためにこういう時の食事は自分で作るようにしている。
「お金はテーブルの上に置いておくから、お弁当を買うなり食材を好きに買って食べたいものをつくるなり、好きにしなさい」
「はーい」
僕は湯気ですべる汁茶碗を手で受け止めると、そのまま口元に運んでみそ汁をずずずと飲んだ。我が家は赤みそである。
「それで、今日はどうするの?」
「どう、とは?」
「決まってるでしょ。舞羽ちゃんの誕生日。何かあげるの? お金が無いなら出してあげてもいいけど」
「…………………」
「あんた、まだ住所聞いてないの?」
僕は黙って食事を口に運んだ。心が痛むようだった。藤宮のことを話していないのも拍車をかけただろう。僕は機械のように食事を終わらせると「ごちそうさま」と言って席を立った。
「ゆう?」
怪訝そうに顔をしかめる母を残して僕は家を出た。駅に着くのがずいぶん早くなってしまうけれど、時間を潰すには英語の単語帳があれば良い。
天ヶ崎舞羽からのラインは来ていなかった。
それをどう捉えるかは読者諸君に任せる事にしよう。
☆☆☆
さて、くだくだしい話はさておくとして、藤宮と駅で合流した僕は適当な事を話しながら学校へ向かった。街並みを見たり、ときおり笑いあったり、お決まりのルートを通って学校へ行く。授業をこなして、藤宮はいつも通り教科書を持ってこなくて、そうこうしているうちに昼休みになった。
「じゃあ、今日は約束通りお弁当を作ってきたから、一緒に食べよ!」
藤宮氷菓は花柄の包みを持って屋上へと駆けて行く。昨日の帰り道で藤宮が言い出したのだった。
僕の機嫌が悪かった事を気にしているのだろう。水無月の言葉が僕の心を揺らし、僕は自分でも気づかないうちに動揺していたらしい。藤宮が心配する必要は無いというのに、本当に健気な女の子だと思う。
「そんなに急がなくても昼休みは逃げないぞ」
僕は藤宮の背中に声をかける。と、ポケットに入れていたスマホが二度ほど振動した。アプリの通知が来たのだろう。見るとラインのメッセージ通知であった。
『青陽高等学校』
『どうするかはあんたが決めろ』
天ヶ崎蝶からのラインであった。
時間が無いのは僕の方だった。
「分かってるけど~、少しでもゆっくりしたいじゃん!」
僕はスマホをしまうと藤宮の後を追いかけて隣に立つ。その手を取ると、彼女はびっくりしたように笑った。
「ほら、早く行こっ」
僕は、心が苦しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます