犬の骨 43


昔、私がアルバイトをしていた牛丼屋での話だ。


どこにでもあるチェーンの牛丼屋だったが、田舎故にその町で数少ない飲食店のひとつであり、加えて大きな道路沿いにある24時間営業の店舗だった事もあり、それなりに客は多かった。


その牛丼屋の狭いロッカールームに、奇妙な扉があった。

奇妙というか、異様に細いのだ。数十cm程度しか幅がなく、人が通るにも体を横にして押し込むようにしなければいけなかった。

しかしそれ以外は普通の扉だった。

扉の向こうは物置になっているとの話だったが、中を見た事はない。


私は基本的には日勤でお願いしていたのだが、たまに夜勤を頼まれる事があった。大きな道沿いで深夜でも客が途絶える事は少なかったが、せいぜい1人や2組程度なので、深夜は店長のみか、もう一人アルバイトをつける程度の事が多かった。


深夜勤務していると、例の扉の奥からガタガタと音がする事があった。

店長が言うには「あの奥は物置だが、そこに空調等を制御してる機械がある。それがたまに調子が悪くなる。いじればすぐ直るがアルバイトには任せられないので自分がやる」という話だった。

音がすると店長はロッカールームに向かい、少しすると音が止み、店長も戻ってきた。店長が不在のときに音がしたら、電話して来てもらう事になっていた。


ある深夜勤務の際、店長が不在の時にガタガタという音がし出した。

その時のシフトは店長と私だけで、店長は所要でシフトに遅れるとの話だったが、一応電話を入れた。留守電に繋がった。

留守電に用件を入れると、私は仕事を続けた。ガタガタという音は止むことがなく、どんどん大きく激しくなっていった。


そのうちお客様にも聞こえるくらい大きくなった。何人かが「あの音は何?」「大丈夫?」と聞いてきた。

最初は誤魔化してやり過ごしていたが、いよいよ音も大きくなり、お客様も怪訝な顔をし、私も不安になってきた。

店長に電話を入れるが、まだ繋がらない。


私は意を決してあの細い扉を開けてみる事にした。

中の機械が素人目にも危険なようだったら消防に連絡しようと思った。

いつまでも店長が来ず、お客様にも迷惑で、それでも何もするなという状況に憤りを覚えていたという事もあった。


扉の前にくると、中で人が暴れているのではという程大きな音がしていた。

鍵がかかっているかもと思ったが、ドアノブはすんなり回り、扉が開いた。


途端に音が止んだ。

その部屋には機械のようなものは無かった。

物置に使っている形跡も無かった。

コンクリートの壁と床と天井の、何もない小さな部屋だった。


私は憤っていた事も忘れて呆然とした。

意味がわからない、という混乱が大きかった。

音は止んでいた。


レジでお客様が呼んでいたので、まずそちらの対応に向かった。

それ以降音はしなかった。

手が空いたらもう一度部屋を確認したいと思ったが、さすがに一人ではその余裕は無かった。

けっきょく店長は来なかった。

次のシフトの人が出勤した際に、その旨を伝えて退勤した。


その日の夕方に店から電話があった。普段は店にいない社員の人だった。

店長が死体で発見された、店の奥の細い扉の中で死んでいた、しばらく店は閉める、警察の事情聴取があるから対応してくれという話だった。


その後で警察からも電話があり、翌日最寄りの警察署に向かった。

昨晩の事を全て伝えた。部屋を開けた時の事を何度も確認された。

後で聞いた話によると、私を含めた店員の話や家族の話、そして防犯カメラの映像を確認しても、店長がいつ、どうやって部屋に入ったのか、わからなかったらしい。


店長の死体については、首を吊っていたとか血だらけだったとか噂は飛び交っていたものの詳細は不明だった。一応は自殺と判断されたらしい。


私はアルバイトを辞めた。店はそのまま開店する事はなく、潰れてしまった。

今、店のあった場所は更地になっている。

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