後編
「いやぁ、驚いたわよ!孫から還暦祝いでプレゼントされた大好きな乙女ゲームの記念すべき1000回目クリアを達成したら突然ゲーム画面が光って気がついたらゲームの世界に転生したんだもの!しかもなぜか女子高生時代にまで若返っちゃってたし青春やり直せると思ったら……思わず荒ぶっちゃったの♡」
「へぇー。異世界って不思議ですねぇ」
私と聖女様はにっこり笑いながら向かい合ってお茶を飲んだ。巫女時代には飲めなかった王室御用達の高級品……うん、美味しい。あの馬鹿王子ったら「婚約者とはいえこんな平民にこのお茶は勿体ない」とかなんとか言って私には飲ませてくれなかったのよねぇ。いや、婚約者だからこそお茶くらい飲ませろよ。馬鹿な上にケチなんて本当につくづく婚約破棄できてよかったと思ったものだ。
さて、あれからどうなったかというと……。
***
「そんな訳だから権力使って無理矢理にでも王子と婚約とかさせようってんなら、こっちだって実力行使よ!聖女のチート能力使ってこの国を滅ぼすからね!」
ビシッ!と王子を指差して宣言する聖女様の姿に、私以外のギャラリーも恐る恐るながら拍手をし始めた。王子が自分の公開告白を祝わす為に集められた面々だが、はっきり言って今は聖女様の方が優勢だろう。
「なんと、聖女様は騎士団長様をお慕いしていらしたのか」
「過去の事柄までご存知とは……さすが聖女様!聖女様の能力は伝承以上だ!」
「それに比べて王子は……幼い時から少々ワガママだとは思っていたが、まさか戦場に忍び込んでイタズラをしていたなんて」
「しかも命の恩人である騎士団長様を陥れようなどと……」
「聖女様に好かれてると勘違いをして、巫女様との婚約をなかったことにされたとか」
「そういえば、巫女様との婚約は王子から言い出した事ではなかったか?」
「どこまでワガママなんだ……」
「顔だけよくても勉強の方はイマイチらしいし……」
「勘違いナルシスト王子って……ダサッ」
もはや堂々と言われたい放題である。王子も普段なら権力を振りかざして「不敬罪だ!」とか言い出しそうなのに、さすがに今回はショックが大きすぎたらしくガックリと項垂れている。ついでに聖女様に殴られた頬が腫れ上がってイケメンの面影はない。しかし、はっ!となにかを閃いた顔をして、そっと私の方を見てきた。
「そ、そうだ……俺にはまだ巫女が……」
まるで希望の光でも見出したようにブツブツと呟いている。キモい。
そして勢い良く立ち上がり私に向かって偉そうに仁王立ちしてきた王子は、鼻息を荒くして口を開いた。
「巫女よ、喜べ!お前との婚約破棄は無かったことにしてやる!まずは俺のこの傷を治癒し「あぁっ!大変です、なぜか突然治癒の魔法が使えなくなりました!」へ?」
私がそう叫ぶと、王子を含めその場にいた全員がこちらを見る。もちろん聖女様も。
「おまっ……そんな嘘を誰が信じると」
「嘘なんて……そんな!私だって傷付いた王子を癒して差し上げようと思ったのですが、なぜこんなことに……?!あ、そうだわ!治癒の魔法は巫女が授かる奇跡の力でございます、ですが私はつい先程に王子から巫女をクビにすると宣言されましたわ!きっと神様が王族から見放された私には魔法を使う資格などないと私から魔法を消し去ったんだと思うんです!」
その言葉に周りの人間がどよめく。婚約破棄の事は言い回っていても巫女をクビにしたことはまだ知らせていなかったようで、まさか希少な魔法を使える巫女をクビにするなんて思っていなかったようだ。
「巫女様をクビだって……?」
「これまであんなに国に貢献してくださった巫女様なのに、婚約破棄だけでなく国から追い出そうというのか……?!」
「巫女様はうちの娘の恩人だぞ!国王は何を考えているんだ?!」
いくら聖女様が現れたとはいえ、まだ数日の聖女様とずっと巫女として活躍していた私では実績が違う。この場にいるのはほとんど貴族だが、この中にも私に救われた人間が多数いるということだ。
「申し訳ありません、ですが魔法が使えなくなったのは事実です。なんなら聖女様に確認して頂いても……」
しょんぼりとしてみせれば王子は慌てて聖女様を指さした。
「せ、聖女よ!俺と結婚しないのならば、早くこの巫女に魔法の力を取り戻させろ!」
「人を指差すなんて、その指へし折るわよ「ひぃっ!お前だってさっき俺を指差しただろうが?!」うるさい馬鹿王子!……うーん、どれどれ」
私の顔を覗き込む聖女様と目が合う。すると聖女様はにこっと笑うと大袈裟に肩を竦めた。
「あー、ダメね!完全に力が消えちゃってるわ!一度王族のせいで力を失ったら、聖女の力を持ってしても無理寄りの無理!あ、未来予知が見える……。巫女でもないこの子を王子の婚約者にしたら、王子が破滅する未来が見えるーっ」
なんとも芝居じみた棒読みのセリフだったが、聖女様の言葉は周りの人間に衝撃を与えた。
「な、なんと……聖女様の予言が……!」
「王子のせいで巫女様の力が失われた?!」
「王子はなんてことをーーーーっ」
こうして公開告白を祝うだけのはずだった現場は大騒ぎになり、聖女様は「じゃ、この子はしばらくあたしが保護するから後のことはよろしくねー」と私を連れてその場を去ったのだった。
***
こうして私は無事に婚約破棄をして自由を手に入れた。それまでやっていた治療院の巡回は聖女様が引き継いでやってくれているのだが、だいぶ仕様が変わったようだった。
「ふふ、簡単な薬の作り方を広めたのよ。軽い風邪ならそれでじゅうぶん治るわ。薬作りのレシピもあるから、仕事の需要も増えるわよー」
「まさか、あんなものが薬になるなんて驚きました……。異世界の知識は素晴らしいですね」
「本当は薬というより民間療法なんだけど……。でも甘酒は飲む点滴って言われるほど栄養満点だから!まさか、米は存在するのに今まで全部家畜の飼料になってたなんてびっくりよ!発酵すら知らないんだもの!あたしにとっては家庭の味なもんだから、絶対に広めてやるって思って麹とか作り方とか、徹底的に教えこんでやったわ!
あ、もちろん重症者とかはあたしの治癒魔法で治してるから!ただ、聖女の魔法って強力過ぎて軽症者には逆に良くないからさ」
「お酒なのに、子供が飲んでも大丈夫なんですか?」
「ん?へーき、へーき。アルコールは入ってないし、甘くて美味しいでしょ?」
聖女様から話を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。これまで薬とは高級品で一部の富裕層や貴族しか口に出来ないでいた。だから平民は具合が悪くなっても気軽に薬を買えない。その不満が積もり積もって王政に恨みを持つ者が増えた頃に私の治癒魔法が開花したので、国王はこれ幸いと私に無償での奉仕を命じたのである。これなら平民からの不平不満も収まるし巫女を派遣した国王の評判は上がり、かかる費用も私に支払う巫女の最低限の給金だけで済むからだ。
困ってる人たちを助けられたのは良かったけれど、上手く利用されてたのよね。
あれから私と聖女様はよく一緒にお茶を飲む間柄になった。あの時に聖女様が私に話を合わせてくれたおかげで今の自由があるのだ。
そう、私は聖女様に保護されたあと、田舎に戻り穏やかな生活を手に入れていた。巫女時代には出来なかった事を今になってやっと出来るようになった喜びでいっぱいだった。
それにしても、こうして定期的に聖女様が会いに来てお茶をするのだが(いつもお土産にお茶っ葉やお菓子を持ってきてくれる)、聖女様の話は驚くことばかりだ。なんと聖女様は元の世界ではそれなりのご高齢だったとか、魔法陣を潜ったら若返ったとか……。そして聖女様の元の世界では、このように召喚された先の世界のことを「乙女ゲームの世界」と呼ぶのだとか。乙女ゲームがなにかはよくわからないが、例の騎士団長様もその乙女ゲームで知って恋をしたらしい。騎士団長様の過去をどうやって知ったのか聞きたら「公式ファンブックの裏情報に書いてあったの」と笑っていた。それも聖女様のチート?というものなのだろうか。……まず、チート?とやらがよくわからないのだが。
「そんなことより、あたしからしたらあなたの方が驚きよ。まさか田舎に戻った途端に学校を始めるなんてね」
「聖女様のおかげで、王家から多額な慰謝料をもらえましたから資金には困りませんでしたよ」
自由になった私が始めたこと、それは小さな学校だった。学校と言っても私に教えられるのは巫女時代に身につけた礼儀作法や簡単な読み書きくらいだが、それでもこんな田舎の子供たちからしたら新鮮だったようでみんな楽しそうに学んでくれている。私はこの場からちょうど見える小さな校舎に視線を向けて思わず微笑んだ。
「私は巫女に選ばれて優遇されていたとはいえ、陰で“元平民だから礼儀がない”とか言われていましたからね。最低限の礼儀と知識は必要だと思うんです。私は神殿の神父様から読み書きを教わりましたが、やはり文字を読み書きできるかどうかでだいぶ変わりますから。それに、近所の大人も協力して下さるので裁縫や料理も日替わりで教えてくださるんです。生徒たちの親御さんも畑の野菜などを分けてくださいますし、なんとかやっていけてます」
「確かに、奴隷契約って文字が読めない平民を騙してサインさせたりしてたわね。将来自分の身を守るためにも知識は必要だと思うわ。
……まぁ、“聖なる巫女”が毎日祈りを捧げてるんだから上手く行かないわけないか。あなた、治癒の魔法以外にも色々と力に目覚めたんでしょう?だってこの周辺に魔物よけの結界が張られてるし、この土地にだってむぐっ」
「それは内緒でお願いしますってば!」
慌てて「しーっ!」と聖女様の口を塞ぐと、聖女様がいじわるそうに目元を緩めた。なんと聖女様は王子とのいざこざの時に私の事を鑑定魔法で調べたらしく、私の治癒魔法が消えたことが嘘な上に今後新たな力に目覚める兆候があるとわかっていたそうなのだ。案の定、私はたくさんの魔法に目覚めた。理由はわからないが……うーん、ストレスからの解放かしら?まぁ、そんなわけで、今の私は聖女様に負けないくらいの力があるわけだ。しかしこれを公表する気は全くない。絶対に隠し通してやるつもりだ。私の手が離れると聖女様は可笑しくて仕方が無いとニヤけた顔をする。
「うふふ、わかってるわよ。あの王子も本当に馬鹿よねー。あなたと結婚してたらあの国はもっと繁栄してたかもしれないのに」
「どうでしょうねぇ。もしも結婚してたらこの力も目覚めてない気がしますし」
「まぁ、それはそうだけど、でもそのうち目覚めていたと思うわよ。ーーーーあたしだって驚いたわ。雰囲気が全く違うから気付かなかったけど、まさかあなたがあのルートのラス」
「せんせーい!畑の水やり終わったよぉーっ!昨日の種がもうニョキニョキ芽を出してたよーっ!」
聖女様が小声で何か言いかけた時、学校の裏に作っている畑の方から子どもたちが飛び出してくる。今は分けてもらった野菜の種を植えて生徒たちで交代にお世話をしてもらっているのだ。これも立派な食育である。
「みんなありがとう!おやつがあるから、手を洗ってらっしゃーい」
「「「はーいっ」」」
子どもたちが手洗い場に向かうのを確認して聖女様に向き直る。「聖女様、先程なにか言いかけてませんでしたか?」と首を傾げるが聖女様は「いいえ、なにも」と首を横に振った。そして残ったお茶を一気に飲み干し立ち上がった。
「さて、あたしはそろそろ帰るわ。明日はマルコス様とデートだし」
「あら、騎士団長様と上手くいってるんですね」
「うふふ、そりゃあ口説き落としたわよ。マルコス様ったらイケオジなのに奥手で純情なところが可愛らしいのよね♪あたしを置いて先に空に行っちゃったあの人にそっくりで♡
じゃあ、まったね~っ♪」
そう言って聖女様は指をパチンと鳴らし一瞬で消えてしまった。これは聖女のみが使える瞬間移動魔法だ。さすがにこの魔法だけは私も使えないのでさすがは聖女様というところだろうか。
「お気をつけて」
もう聞こえないだろうが空に向かってそう呟く。彼女が聖女として召喚されなければ私の人生はもっと別のものになっていたかもしれないと思うと感謝しかない。
「……あの、先生」
「は、はい?」
呆けてるところに突然呼ばれて慌てて振り向くと、そこにはいつも学校に通う生徒のひとりをお迎えにくる青年が立っていた。確か、ご両親が忙しいからと家の手伝いをしながら弟の面倒を見ていると生徒たちが言っていたのを思い出す。
「あぁ、お迎えですか?あの子たちなら今、手を洗いに……」
「じ、実は……先生にお話があって。あの、もし迷惑でなければ僕も先生のお手伝いをしたいなって……あの、だからその……」
なぜか顔を赤くして俯くと、その青年は手に持っていた可愛らしい野花の花束を私に差し出してきた。
「ずっと、あなたを見ていました!」
よくわからない状況に戸惑うも、ここで(元)巫女の直感が働いた。
こ、これはもしや……。私ってば、先生として尊敬されてる?!と。
本当は治癒どころか色んな能力に目覚めているとはいえ、知られている私は婚約破棄されたキズモノで巫女の能力も消えた役立たずだ。いくら学校を建てたからと言ってもこんな私を受け入れてくれた人々からどう思われているかはいつも考えていた。だが、この状況はどう見ても……尊敬されてる!そんな気がする!
「……ありがとう。嬉しいわ」
この青年を直に教えたことはないが、弟から私の先生ぶりを聞いて感動してくれたに違いない。
私はその花束を受け取り、にっこりと微笑んだ。
「これからも先生として頑張るわね!」
「え、あ、はい!頑張って下さい!……あれ?伝わってない……?」
それから私はより一層に力を入れて子どもたちの教育を頑張った。努力の成果か、誠意が伝わったのか、私の学校を卒業した子どもたちは立派に育ちそれぞれの活躍の場を広げていったのである。聖女様からの支援もあり、平民でも色々な職業に挑戦出来るようになるのはもう少しあとの未来だ。そして、聖女様と騎士団長様の結婚式にお呼ばれする未来も。
え?あれから王子や王家がどうなったのか?うーん、色々あって大変みたいだったけど……ほら、反乱とか?でもまぁ、聖女様がなんとかしてくれるでしょ!だからーーーー後のことは知りません!
終わり
【完結】異世界から聖女が召喚された途端に「運命の恋を見つけたんだ」と婚約破棄してきた王子が見事に玉砕してるんですが後のことは知りません As-me.com @As-me
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