その夜

 行かないと決めたその日の夜。

 お風呂から上がって着替えを済ませ、ふとスマホを手に取ると、姉ちゃん経由でラインを交換した『あいのしほ』という女の子からラインが来ていた。


『初めまして、波崎高校一年生の愛野示堀と言います。スタンプ、ありがとうございます』


 なんと丁寧な。

 こっちは、相手が追加できるように適当なスタンプ(太った猫がソファで寛いでいる)を送っただけなのに。

 これ、何か返した方がいいのか。

 既読つけてしまったし、いっそのこと、ボディーガードしないので、って送るか。


 なんて考えている間に、追加でメッセージが送られてきた。


『私のせいで巻き込んでしまって申し訳ありません。まほさんからボディーガードしてくれると聞きました。本当にありがとうございます』


 また姉ちゃんは、勝手に話を進めやがって。

 俺はしないからな。

 ただでさえ人に会いたくないのに、朝の通学、通勤ラッシュの混雑する時間帯に電車に乗るなんて苦行すぎる。


 ここは早めに断っておこう。


 ごめんなさい。俺は承諾してなくて。


 と、そこまで打って手が止まる。

 そう言えば、俺ってハッキリと断れるほどの度胸ってあったか?

 打ったはいいものの、送信ボタンを押す勇希がない。


「……姉ちゃんに断ってもらうか」


 洗面所を出て、リビングに足を運ぶ。


「姉ちゃん」

「な~に~」

「あ、やっぱり何でもない」


 既に酔ってやがった。

 風呂上りに必ず晩酌する姉ちゃんのルーティンを失念していた。

 泥酔とまではいかないが、頬は赤く、顔がゆらゆら揺れている。

 こんな状態ではまともに会話はできない。というか、面倒臭いから近づきたくない。


 逃げるように部屋に籠って、どう返したものかと一人で考える。


「くそ、めんどいな」


 こういう時にコミュ障が出てくる。

 上手い断り方なんて知らないぞ。

 正直に外に出たくありませんって送るか? それか、このまま既読無視して時の流れに任せて自然消滅を待つか。


 そうスマホ画面としばらく睨めっこしていたら、女の子から突然『ごめんなさい』とメッセージがきた。


「え……」


 何も返信しなかったから怒ってると勘違いされたか。

 だが、そのメッセージはすぐに削除された。


「何だ今の?」


 それから5分後のこと。


『さっきのは忘れてください。申し訳ありませんでした』


 とメッセージがきた。


 ごめんなさいって急に謝られたと思ったら、今度は忘れろときた。そんなこと言われても無理な話だ。

 というか何で削除したんだろう。送った後でやっぱり違うってなったのか?

 どちらにしても、この女の子からは真面目な感じが伝わってくるから、断りにくい。


「う~ん」


 どうしようか。

 バックレたら後が怖いしな。


『やっぱりご迷惑でしたか? もしそうでしたら謝らせてください。申し訳ありませんでした』


 なんか、胸が痛い。

 既読無視ってこんなにも罪悪感があるものなのか。

 姉ちゃんにはしょっちゅうしてるのに、家族以外になると感覚が違う。


『明日はよろしくお願いします』


 俺は、行きたくないという意思に反してそう送ってしまった。

 送った後でやっぱり消そうかと思ったが、すぐに既読がつき、返信がきた。


『本当にいいんですか? ご迷惑でなければよろしくお願い致します』


「はぁ……」


 何をやっているんだ俺は。


 明日、7時に三咲みさきか……。


「もう寝ないとな。アラームなんて久しぶりにセットするわ」


 もし起きられなかったらいけないので、スマホで5分起きにアラームが鳴るようにセットし、枕元に置いて就寝。


 今からでも緊張する。

 久しぶりに外出するし、人混みに身を投じることになるし、初対面で女の子と会うし。

 色んな緊張で心拍数が上がっていき、胸が苦しい。お陰で目が冴える。


「ふぅ……」


 嫌な想像をしてしまうな。

 人にぶつかって嫌な顔をされて、階段で躓いて、女の子とはぐれて迷子になる。

 考えないようにすればするほど止まらない妄想。


 早く明日が終わらないかな。


 結局、5分置きに鳴るアラームは必要なかった。

 なぜかというと、緊張と不安で一睡もできなかったからだ。

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