第6話 広がる輪

 来寿らいじゅとはよく絡むが、彼の幼馴染だというつかさくんや愛奈あいなさんとは、正直あまり話すことはなかった。最初のうちに、軽く出身中学校や趣味の話をしただけで、僕が来寿と遊んだりするときに、この2人が関わってくることはほとんどなかった。

 派手な見た目の人には少しだけ苦手意識があるが、向こうから誘ってくれたわけだ。2人のことを知るチャンスだと思う。


「てか山本くんって背ぇちっちゃいよねぇ。身長いくつ?」

「えっと、163くらいかな」

「163? あたしとおんなじくらいじゃん? ……ほら、ういー!」


身長がほぼ同じというだけで突然肩を組んでくる愛奈さんは、極端に距離を詰めてくる性格なのかもしれない。

 戸惑っている僕を見かねてか、司くんが彼女を引き離してくれた。そのタイミングで僕は、気になっていたことを聞いた。


「ところで、お昼ってどこで食べるの?」

「んー? 秘密。まぁヒントを出すなら、アメリカンな場所って感じ」

「アメリカン?」

「デカいハンバーガーとか、大量のポテトとか出てくる店だよ」

「おい司、ネタバレすんなよ!」


 人差し指を立てて教えてくれた司くんを、来寿は軽くはたいた。デカいハンバーガーや大量のポテトか……それは楽しみだ。

 どんなものかと想像して、それだけで腹が鳴りそうになっていると、愛奈さんはまたしてもからかうような言葉を発してきた。


「山本くんってちっちゃいし、女の子みたいじゃん? こんな細い体に入るかなぁ?」

「うほっ!?」

「あはは! また変な声出した!」


 腰を持たれるとさすがに動揺する。

こんなに容赦なくボディタッチをされるとなんだか恐怖すら覚えるが、ここでも司くんは助けてくれた。


「いてっ」

「お前ベタベタしすぎ。山本くん引いてるぞ」

「あちゃー、引かれちゃったか。どーもサーセン」

「いや、別に引いてはないよ! ビックリはしたけど……」

 空手チョップを脳天に食らった愛奈さんは、後ろ歩きで軽く謝ってきた。

この人はコミカルな動きをよく見せるから、ジャラジャラとついたカバンのストラップがよく揺れる。

 流行りの曲の話をしたり、道端の野良猫に群がったりを繰り返しているうちに、目的地に着いたらしい。


「おお……確かにアメリカンや……」


 思わずそう呟いてしまうほどに、その店は外観からして異彩を放っていた。

 ビルとビルの間にあるその店は、塗りたてのように外壁が白い。そこにコーラの壁紙やナンバープレート、標識などが所狭しと貼りつけられて、窓から中の様子を見るに、まるで……

「ヴィレッジヴァンガードみたいだね」

「確かに、カオスだもんね。ところでユウちゃん、この店『日本円』は使えないから注意して」

「円が使えんっつか!? ドルとか?」

「いんや、ユーロ」

「ウォンじゃない?」

「ポンド」


 3人が3人とも別々の通貨を口にしながら入店していった。取り残された僕は、慌てて中に入る。

外からも内装は少しだけ見えていたが、中に入ると、彼らのジョークがあながち嘘ではないと思えるほど異国の雰囲気に満ちていた。

 やはり乱雑とした店内だったが、ひときわ心を浮つかせたのが、店員が全員外国人だという点だった。


「ウェルカーム!」

黒人の男性店員が、口角の限界に挑んでいるかのような笑顔で出迎えてきた。

「こんちゃっす! 席あいてる?」

「ハァイ! イチバン奥のセキ、イケるよイケる! イッテラー!」

 とても声が大きい。指をさされるがままに僕らは入口から一番離れた4人テーブルに向かった。


「よいしょっと。とりあえずいつもの頼むか〜」

「そうだねー、司は?」

「俺もいつものやつでいいよ。てかこの店それしかないし」


 僕の隣に座った来寿は、体を傾けて大声で店員を呼んだ。金髪の店員が来てみんながコーラを頼んだので、僕もそれを頼む。

オーダーのとき、来寿は「いつもの」とだけ伝えていた。店員が厨房に戻っていったタイミングで、僕は口を開いた。


「みんな、ここの常連なんだね」

「おん。今さらだけど、ユウちゃん今日、部活ない感じ?」

「あっ、うん……! 今日は休みなんだ」


 サッカー部は土曜日にも部活があることを来寿は知っていた。仮病を使って産婦人科に行っていたことは隠さねば……

僕は話を逸らすため、そして純粋に、彼らにも話題を出してみた。


「えっと。司くんと愛奈さんは、部活とかしてるの?」

「あたしは帰宅部だけどー、司は美術部なんだよね」

「あ、そうなんだね。美術部って土曜日は休みなの?」

「顧問の気分による。土曜日に部活あったりするし、逆に平日でも休みだったりする」

「珍しいね……! てことは、今日は休みの日なんだね」

「いや、今日はサボり。顧問の気まぐれとか、いちいち付き合ってられんし」


彼らにもいろいろあるようだ。

 しばらく盛り上がっていた頃、愛奈さんのスマホが鳴って彼女は離席した。


◉ ◉ ◉


「もしもしー? 検査どうだった?」

[陰性だって。姉ちゃん今から帰るんだけど、愛奈、今どこ?]

「あたしこれからお昼なんだ」

[そっか、じゃあ姉ちゃんひとりで帰りまーす。……それにしてもさ、産婦人科っていろんな人がいるんだね]

「えー? どういうこと?」

[なんかね、診察室から男の人が出てくるところ見たんだけど、その人がすごく若かったの! ちょうど愛奈くらいの歳かも]

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