別の世界と希望の光

「見て見て! うち、タヌキ火を出せるようになったやん!」


「おいらもキツネ火を出せるようになったよぉ」


 白いケモノたちは空中にちろちろと火を灯し、うれしそうに飛びはねた。

 先の戦いで血にぬれたはずの毛はふわふわのまっ白にもどり、はもう光っていない。まるで何事もなかったかのようだ。

 でも、2匹の片側の目じりには筆でスッと引いたような赤い模様がしっかりと残っており、赤面あかつらとの戦闘せんとうが夢ではなかったことを語っていた。



 スマホがあればなぁ。



 そんなことを、祐斗ゆうとは考えていた。

 しゃべる動物。

 これを動画サイトにアップすれば、再生数はまちがいなくウナギ登りだ。

 中学生になって、やっと自分のスマホを手に入れ、動画の投稿とうこうを許された祐斗は、とりあえずゲーム動画と、習い事のピアノをいかした演奏動画を上げている。だが、再生数はまったくのびていないのだった。


「うっはあ~、もふもふ~!」


 めぐるが喜色満面でキツネにかけ寄る。

 白い体に顔をうずめられ、キツネは迷わくそうに身をよじった。

 ふと、キツネと祐斗の目が合う。うったえるようなまなざしを送られ、祐斗はじんわりとした同情を覚えた。


「うちのこともモフモフするやん? モフるやん!?」


 そこにトコトコとタヌキがやって来る。キラッキラの表情だ。

 全身から期待をほとばしらせるタヌキに思わず指先をのばしかけた祐斗だったが、視界のすみに夢中でキツネをなで回すめぐるが映る。ああはなりたくない。

 グッと手を引っこめ、代わりにタヌキと会話してみることにした。


「お前ら、妖怪ようかいか? それとも神使しんしなのか?」


 しかし、それを聞いたタヌキはプッとふき出した。


「妖怪? 神使? 空想こじらせとるやーん!」


 ケタケタ笑われ、祐斗の顔はみるみる真っ赤になった。


「な、なんでおれたちは選ばれた? ……っおい! 笑うなあ!」


 結局、ヒーヒー笑い転げだしたタヌキがしゃべれるようになるまで、しばらくの時間を要したのだった。






「15歳になるまでの子どもには、必ずタヌキかキツネの相棒あいぼうがついている。そんなの当たり前のことやん!」


 タヌキが言うには、そういうことらしかった。


「そんなの知らないよ! おれは学校の行事で山登りをしていたんだ。そこにお前が現れて、いつの間にかよくわからない所に来ていた。お前が連れてきたんだろ? お前は何なんだ? 一体ここはどこなんだ!?」


 となりでめぐるがハッと息をのんだ。

 ふわふわの毛並みを十分に楽しんだ彼女かのじょも、ケモノとの会話に加わったのだ。


「いやいや、連れてくるとか、そんなことうちにはできやんよ。さっきも言ったとおり、15になるまでは、誰もがタヌキかキツネの相棒あいぼうといっしょやん。ここリュウセイでは、それが自然なことやん」


 かみ合わない会話に、祐斗はじれったい気持ちになった。

 でも頭の片すみではいた。なにせ、祐斗とタヌキはのだ。


 おそいかかってきた赤い犬を赤面あかつらと呼ぶのだといつの間にか知っていたように、タヌキが祐斗の一部であることも、相棒あいぼうとしてとなりにいるのがごく自然であることも、感覚としてわかっていた。

 そして、自分が日本ではない、リュウセイという異世界に迷いこんでしまったのだということも。


 同様に、白いケモノも、2人がこことは別の世界からやって来たのだということをわかっていた。

 異世界リュウセイに来てしまった2人の絶望も、切望も。



「知らない世界に来ちゃったの? もう……帰れないの?」


 しぼり出すように言っためぐるの目からなみだがこぼれた。

 何度も口を開きかけては閉じる。そうして胸にたまっていった感情がやがて爆発ばくはつし、めぐるは大声で泣きじゃくり始めた。


 その様子に、祐斗の気持ちも引っ張られる。

 タヌキには大笑いされたが、「なんで自分たちが選ばれたのか?」というのは大事なことだった。

 だって、選ばれて異世界ここに来たんじゃないなら、どうしたらいいのかわからなくなるじゃないか。



「泣かないで、めぐる」


 ぺろりと、キツネがめぐるのほおをなめた。

 とめどなく流れ落ちるなみだをていねいにぬぐう。でも一向に泣きやまないめぐるに、キツネも段々だんだんヤケクソになって、しまいには顔を食べる勢いでベロベロなめ始めた。


「うひゃひゃひゃ! やめてー!」


 たまらず、めぐるが笑った。

 ぐちゃぐちゃになった顔が、なみだによるものなのか、ヨダレなのか、もはやわからない。


 そのひどい有り様に、2人と2匹は声をあげて笑った。不安を吹き飛ばすようにたくさん、たくさん笑った。




 それがおさまるとキツネはおもむろに、額の辺りでぽうと火の玉をうかべてみせた。


「さっき赤面をたおして、おいらたちは1尾いちびになったんだよぉ。しっぽが光って、片方の目じりに赤い模様が入ったよね? そのおかげで、キツネ火を使えるようになったんだよぉ」


 火の玉がぽやんとゆらいで消えた。


「もっとたくさんたおせば、おいらたちのしっぽはもっと増えて、模様も立派になって、さらに強力で、新しい能力を使えるようになるんだよぉ。そうすればもしかしたら……」


 少しだけためらい、キツネは続きを口にした。


「もしかしたら、めぐると祐斗が元の世界に帰れるような能力を、使えるようになるかもしれない」


 パアッと、2人の心に陽の光がさした。

 元の世界に帰れる希望は、まだある。

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