【短編版】ハウリングスターズ

きみどり

始まり

 フゥ、フゥと、丸太階段を一段上がるごとに息があらくなる。リュックの中身がどんどん重くなるかのようだ。

 それでもジャージ姿の生徒たちは明るくしゃべりながら、順調に山を登っていた。


「はーい! 休憩きゅうけいポイントに到着とうちゃくでーす!」


 先頭を行く教師のひと声に、生徒たちがワアッと歓声かんせいをあげた。天野あまの祐斗ゆうともそのひとりだ。

 ずっと続くキツい坂や階段、うっそうと生いしげる草木。そして、時おり訪れる険しい岩場。

 ダイナミックな道のりにだれもがヘトヘトで、早く座りたい、お弁当を食べたいという気持ちでいっぱいだった。


 学年全体で話を聞き、待ちに待った「解散!」のひと言。生徒たちはパッとほうぼうに散らばった。



「祐斗、あっちでメシ食おう!」


「オッケー! でもその前にトイレ行ってくるわ」


 祐斗は歩きながら、こめかみからたれてくる汗をぬぐった。水筒すいとうのお茶をガブ飲みすると、冷えた麦茶が全身にしみわたる。

 カラッカラのノドがうるおって、今度は腹の虫がグゥと鳴いた。




 中学1年、初夏の登山。春に中学生になったばかりの生徒たちは、この恒例こうれい行事を通してより仲を深める。

 自然公園にも指定され、力強い景観を楽しめるこの山は、地元民から親しみをこめて天狗山てんぐさんと呼ばれていた。




 洗った手をタオルでふきながら、祐斗は大きく深呼吸した。森林のにおいにスーッとさわやかな気分になる。家や学校では絶対に味わえない空気だ。


 お弁当を持って教室を飛び出し、みんなではげまし合いながらの山登り。

 今お昼休みをとっている休憩所きゅうけいじょには立派な神社もあるし、いつもとちがう場所に来たという感じがすごくする。

 改めてこみ上げてきた非日常感に、祐斗の胸は高鳴った。


 ガサッ――


 不意に音がした。

 祐斗がふり向くと、そこには小さな四つ足のケモノがいた。まっ白な毛並みは雪のようで、うす暗い木立の中ではぼんやりと光を放っているようにも見えた。

 うるんだ黒スグリのような目と、祐斗のおどろきに見開かれた目が、おたがいを映す。その瞬間しゅんかん、祐斗とそれは


 しかし、白いケモノは身をひるがえし、しげみの中へと消え失せた。とたんにもブツリと切断される。


 思わず祐斗はかけ出していた。つかれを忘れ、空腹を忘れ、白いカゲを追って夢中で林のおくへと。



 草むらにもぐり、木々の合間をぬって走るケモノを祐斗は何度も見失った。でも純白の体は木もれ日を受けるたびにきらめいて、まるで流れ星のように視線を引きつけた。



 チラッと見ただけだし白色だけど、間違まちがいない。

 三角形の耳に、犬みたいな鼻ヅラ。

 あのケモノは――



 ガサッ。

 と、急にすぐ近くで大きな音がした。

 それから突然とつぜんとなりに見知った顔が現れ、祐斗はすっとんきょうな声をあげた。


「めぐる!?」


「あれっ、祐斗?」


 花田めぐる。祐斗と幼なじみの女子だ。

 少し上がり気味の目尻めじりにクリッとしたひとみが印象的である。


「お前、何メシ食いながら走ってんだよ!」


 元気にはずんでいたポニーテールがギクリと大きくゆれた。祐斗のツッコミどおり、めぐるは弁当をかきこみながら走っていた。リュックのチャックも開いたままだ。

 しかし、むぐむぐと食べ物を飲みこんだめぐるは、気おくれせずに勢いよく口を開いた。


「もしかして、祐斗も見たんだ?」


「えっ? めぐるも見たのか?」


 めぐるがうなずいたのを合図に、2人は同時に自分の見たものを口にした。


「タヌキ」

「キツネ」


 瞬間しゅんかん、2人は顔を見合わせた。

 ややあって、「ハアー!?」とどちらからともなくさけぶ。


「タヌキだろ! 小さくて丸っこかった!」


「キツネだよ! シュッとしてモフッとしてた!」


「なんだよ、シュッとしてモフッって!」


「あっ!」


 熱くなりかけた2人だったが、まずめぐるが何かに気づき、祐斗もあわてて前方に視線をもどした。

 見れば、目の前にはビルのようにデッカイ岩がそびえ立ち、岩と岩の間には金属製のハシゴがかかっている。それを下から上へと目でたどると、サッと岩穴に白いカゲが入りこむところだった。


 これはマズイんじゃないか。


 祐斗は思った。ハシゴなんて危ないし、これ以上深追いしたらもどるのが大変だ。

 今ならまだかろうじてクラスメートの声も聞こえる。あきらめて引き返すなら今だ。


「って、登ってるし!」


 祐斗が考えている間に、めぐるは弁当箱をリュックにしまい、するするとハシゴを登り始めていた。すでにだいぶ高いところにいる。


「おい! ヤバイって! もどった方がいいって!」


「すごいよ、祐斗! 冒険ぼうけんしてるみたい。ってか、冒険だよコレ!」


 人の言うことをまったく聞いていない返事に祐斗は頭をかかえた。

 どんどん登っていってしまうめぐるを見上げ、クラスメートの声がする方をふり返り、めぐるを見上げ、後ろをふり返り、見上げ、ふり返り。何度も何度もそれをくり返した末に、「あー、もー!」と頭をかきむしった。


「サルかよ、あいつは! おーい! やめとけって言ってんだろクソ!」


 毒づきながら祐斗はハシゴに手をかけ、岩穴へと入っていっためぐるを追いかけた。




 うす暗い中、ぼうっとっ立っているめぐるの背中が見える。


「おい、もどるぞ! いいかげんに――」


 言いかけて、祐斗はギョッとした。岩穴のかべにはたくさんの地蔵らしきものが並び、ほこらのようになっていたのだ。

 追いかけていたはずのタヌキかキツネの姿はどこにもない。


 祐斗はめぐるのうでをつかみ、無言で引っぱった。

 めぐるもしぶることなく、それについてきた。



 岩穴を出る。外の光に思わず目を細めた。

 そして、目が慣れてきたところでハシゴに視線を落とす。ハシゴがの場所に。


「……どういうことだ?」


「ここ、どこ……?」


 ハシゴがない。

 登ってきたはずの岩場もなく、岩穴の外はすぐに地面だった。

 うっそうと生いしげる草木に、どこまでも続く林。聞こえるのは山のざわめく音ばかりで、クラスメートの声は少しもしない。

 もどるはずだった場所にもどれず、2人はぼう然と立ちつくすしかなかった。

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