1ー⑤

一敦賀警察署


 昨晩、勝山市で恐竜博物館に強盗が入った事は周知の事実だが、その犯人グループ のうち一人が未だに逃走中である事、被害品である展示物も見付かっていない事、そして 犯行に使われたワゴン車が敦賀市内で発見された事が敦賀署員達を悩ませていた。逃げた犯人が敦賀市内に車両を捨てたという事は、己の管轄区域内に侵入した犯人を敦賀警察署員達は捕まえられなかったのだから。

 押収され、署の裏庭に保管された犯行車両を見て源治郎は考え込む。


「亀田さん!」


 若い刑事が源治郎に話し掛ける。本部所属時代の後輩・田中巡査長。今は敦賀署の刑事課に所属している。


「田中、こいつに乗ってた犯人ホシは一人で間違いないのか?」


「はい。既に確保された共犯の3人が言うには、実行役は全部で4人らしいんですが……」


 田中は源治郎に耳打ちする様に言う。


「3人とも、『逃げる途中でバイクに乗った化け物に襲われて気絶し、気が付いたら警察に捕まって主犯の一人と車だけがいなくなってた』と供述してるとか……」


 源治郎は眉をしかめ、田中に問う。


「何だそりゃ。そいつらクスリでもキメてんのか?」


「それが3人とも薬物検査は陰性みたいで。それにもしキメてても、3人が3人とも同じ事を言うとは思えませんね」


 そうか。と、源治郎は答えつつ車両を見やる。ロックを無理矢理こじ開けた運転席側のドア、何かがぶつかったような全面の損傷がひどく不自然である。


「全く、難解な事件になりそうですよ……亀田さん、刑事課もこの件で人手不足なんで、また刑事デカに戻りません?」


「今の俺には、駐在所の仕事があるんだよ。じゃあな」


 源治郎はカブのヘルメットを軽く叩いて見せ、その場を去る。敏腕刑事時代の彼を知る田中としては是非とも力を借りたい所だろう。


「……化け物、 か」


 源治郎はそう呟くと、本来の業務である地域のパトロールへと戻ることにした。




─???


「金は払えないだと!?どうしてだ!!」


 恐竜博物館を襲った強盗のリーダーは、盗品の小瓶が乗る机を叩き、激昂する。


「私は、アナタ達にその小瓶を“3本手に入れてこい”と依頼したはずよ?なのにアナタは1本しか持ってきていないじゃない。これでは契約不履行。報酬は払えないわ」


 緑色のチャイナドレス姿の女は強盗に告げる。彼女の側には黒いスーツの上下にサングラスをした屈強な男たちが侍っている。


「ふざけるな!!」


 強盗は目の前にいる女に向け、拳銃を構えた。


「あらあら。その拳銃も準備金も、私が用意してあげたってのに」


 女は銃口を向けられているにも関わらず、まるで狼狽うろたえる様子を見せない。


「警備員を半殺し、人をひき殺してまで手に入れたんだぞ!それに、あんな化け物に襲われるなんて聞いてもいなかった!!」


「化け物ぉ?」


 女は側近達と顔を見合わせたあと、得心したようにニヤリと笑い、


「化け物って、こんなのかしら?」


 と言った刹那、女の口から鞭のように長いものが高速で伸長し、強盗から拳銃を絡め取るように奪った。


「なっ……」


 強盗が驚愕の言葉を発する間もなく、黒服の一人が強盗を組み伏せた。人間離れした膂力であるともに黒服の皮膚は鱗に覆われた茶色い鎧のような肌へと変わっているではないか。


「コレの名前は爬虫人類の秘薬“レプティカル”。アナタを襲った化け物は、コレの力で半爬者はんぱものとなった人間よ。そして、お察しのとおり私たちもそいつと同じ化け物なの」


 女は組み伏せられた強盗に近付く。


「レディ、我らの正体をこいつに明かすという事は……」


 強盗を組み伏せている黒服が問う。


「そうよ、ガロティア。この子にも、なってもらうわ。我々の同族にね。アーノル!レプティゾルを」


「はっ」


 別の黒服が注射器に入った液体をレディに手渡す。


「これは“レプティゾル”。アナタが強奪したレプティカルを模造コピーしたものよ。ただ、模造なだけあって精度は格段に落ちるわけ」


 レディは抵抗する強盗の頸動脈に注射針をあてがう。


「コレで変化した者は自我を保てなくなる…つまりアナタは私の命令に従うだけよ」


 耳元で囁くと、注射針を突き刺す。


「やめろ!!俺は化け物になんか……」


 薬液が注入されると、強盗の体は痙攣し始めた。頭髪は抜け落ち、皮膚は隣へと変わり、腰からは青い尾が生えた。


「まぁ。まだ尻尾の青いベイビーね♪今日からアナタは『スキンクマン』。 私の可愛い兵隊よ」


 レディがパチパチと拍手を鳴らすと、黒服達もそれに倣う。


「そして、秘薬を奪った半爬者はおそらく『マスター・トゥアタラ』!我々REXを裏切った者は、このカメレオン・レディが直々に制裁してあげるわ!オーホホホ!」


 廃屋の中をカメレオン・レディの高笑いがこだまし、新たなる半爬人スキンクマンは禍々しい産声をあげた。

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