第1話 覚醒
1ー①
-2023年、福井県敦賀市
先の大戦から70年余りが経過した日本は、様々な問題を抱えながらも世界規模で見れば「平和」であった。そして、ここ福井県は「田舎」でもある。民放が2局しかない、雑誌や書籍の発売も数日遅れる。特に有名な名物も無いため、何も無い県としてコント番組のネタにされた事もある。それがここ福井県なのだ。
「(進路希望ねぇ……)」
高校の教室、自席でプリントを見ながら少年は考える。
「(とりあえず名前だけでも書いておこう)」
「(僕は……何がしたいんだ?)」
勇は学力も運動も極めて平均、見た目も気性も特に変わった所の無い至って 『普通』の高校生だ。父は敦賀市で市役所職員を務め、母はスーパーでパート。一人っ子。継ぐ家業があるわけでもない。
「困ったな。これ絶対提出するやつだから、バックレたりウヤムヤには出来ないぞ」
勇は面倒ごとを嫌う性格である。プリントの提出期限を守らず教員から叱責を受けるなどという無駄な事は何としても避けたいのだ。 その時、配布されたばかりのプリントを書き上げ、早くも担任へと提出した女子が自席へと帰るため、勇の横を通り過ぎようとした。
「萬田さん」
その女子を勇は呼び止めた。
「……何?宮守くん」
少し不機嫌そうに返す女生徒。
「僕、小さい頃に将来の夢は何って言ってたっけ?」
「何で自分の事を私に聞くのかしら?」
女生徒の名は
「覚えてないからさ」
「……幼稚園の時はその年
そして、それ以降は勇も現実を見るようになったり、女子と話すのが恥ずかしくなったのか紗良も勇の口からは聞いていない。
「ふむ。あまり参考にならないな……さっちゃんの夢は相変わらずルチャドーラ?」
「違うわよ。そしてそういう事や昔の呼び名を人前で言わないでもらえる?宮守くん!」
ルチャドーラとは、メキシコの女子プロレスラーの事であり紗良の父はメキシコでルチャリブレ(メキシコ式プロレスリング)を学んだプロレスラーだった。
「宮守、萬田、そろそろホームルーム終わるから喋ってないで席に戻りなさい」
担任教師の言葉に便乗し、周囲の生徒達は二人を冷やかす。紗良は勇をキッと睨んだのち、自席へと戻って行った。
ホームルームを終え、放課後。勇は一人で家路を歩く。友人達は部活をしていたり交際している女子と帰ったりするため一人なのであり、彼が普段から“ぼっち”というわけで はない。
「昔はさっちゃん、ユウくんって呼び合ってたり、よく一緒に遊んだりしてたのになぁ」
勇は紗良と遊んでいた幼少期を思い出してみる。紗良は父親の影響かプロレスが大好きで、よく勇をジャベ(ルチャの関節技)の実験台にしていたものだ。最後に掛けられたのは小2の時のロメロスペシャル(釣り天井固め)だったか。非常に痛かったのを覚えている。ふと、その時だった。ピッというバイクのクラクションに勇は振り向く。
「よう勇坊!学校の帰りか?」
声の主は白いスーパーカブに乗った白ヘルメットに紺色の制服の警察官。
「ゲンさん!」
ゲンさんこと
「こんな時間にウロウロしてるって事は帰宅部か?お前もさっちゃんも柔道部に入ってりゃ、いい成績残せただろうに。少年教室じゃお前ら二人が抜きん出てセンスあったぞ」
警察署の道場では、幼稚園児や小学生を対象にした柔道教室が開かれており、勇と紗良はそこで源治郎から柔道の指導を受けていた。
「柔道は小学生で散々やったし、坊主頭になるの嫌だからね。さっちゃんは餃子耳になるのが嫌だって言ってたよ」
「そっか。勿体ねえなぁ」
「ねえ、ゲンさんは何でお巡りさんになったの?」
「どうした急に?……さては進路に悩んでんな?」
源治郎は敦賀署で駐在所勤務となる前に、福井県警本部で重大事件を担当する部署で刑事をしていたと聞いた事がある。勇の考えなど、すぐに見抜かれてしまった。
「俺は得意だった柔道を活かせて世のため人のためになる仕事をしたかったのさ」
「お巡りさんって、大変?」
「そりゃ大変さ。でも、世の中に大変じゃねえ仕事なんて殆ど無いぞ?お前の父ちゃんだって、市役所で上司や市民に頭下げて大変だろうよ」
「そっか……ゲンさんも父さんも大変なんだね」
地方公務員という身分が、世間から楽だの安泰だの思われているというイメージは勇の中にも少なからずある。
「よし、ちょっと待ってな」
源治郎はカブのギアをニュートラルに合わせると、サイドスタンドを立てて降車し、荷台の箱から冊子を取り出した。
「ほれ、福井県警の採用パンフレットだ。読んで興味が沸いたら高校か大学卒業した後に試験を受けてみるのはどうだ?」
「ありがとうゲンさん。でもゲンさんが上司になるのは嫌だから、警察官になろうと思ったら福井県警以外を受けるよ」
「言うじゃねえか、この野郎」
勇にヘッドロックを掛ける源治郎。勇がタップすると、技を解いて再びカブに跨がる。
「お前はまだ若い。だが人生ってのは一度きりだ。沢山悩んで後悔の無い生き方しろよ!じゃあな」
そう言い残し、源治郎はカブに乗って走り去った。
「後悔の無い生き方……かぁ。ゲンさんは何か後悔したのかな」
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