第19斤
「え、FPSは得意だから! 同じ1人称だしどうにかなるよね!?」
白野さんはわっちんボイスで喋りながら、1人称視点で描かれているホラーゲームの世界を歩いて行く。僕はその光景を後ろで座って見ている。
僕も今彼女がやっているゲームをやったことはないから内容についてはよくわからないけれど、白野さんの身体の横からちらちら見え隠れする画面からは、田舎の人形屋敷というタイトルから連想させるイメージとは裏腹に明るい作風であるかのように感じた。今のところ特に怖いシーンもなかったのでこれは本当にホラゲなのかと疑問に思う。
「えっと……この泣いてる女の子の人形がどこかに行っちゃったから、私が今から人形屋敷に探しに行こうってことかな?」
白野さんは僕に目も向けず、2台のモニターを交互に見ていた。2台でそれぞれ配信画面用とコメントを確認する用に役割が分担されているようだった。
「もう行くよ私は! 行くからね!」
白野さんはそう言って人形屋敷に入ると、目の前にいたボロボロの日本人形に襲われた。
「きゃあああああああああああああ!!」
白野さんが悲鳴を上げながら椅子から転げ落ち、僕に抱き着いてきた。シャンプーのいい匂いが鼻をくすぐり、すべすべしたルームウェアが腕に触れる。
「全然怖くないなって……思ったのに……」
僕の胸の中で、白野さんが言う。喋れない代わりにとりあえず頭を撫でておく。僕もそう思ったって、伝わればいいけど。
「は……配信中だからね……戻らないと……」
白野さんは自力で立ち上がると、倒れた椅子を元に戻し、座り直した。
「いきなり出てこないでよ……椅子から落ちたよ……リムリムぅ……」
そう言ってイヤホンを付け直しながら、またゲームを再開した。
「扉を開けたら、すぐ逃げないとダメなんだね」
今度は追いかけてくる日本人形を危なげもなく撒いて、屋敷の中に入っていった。
「ボッロボロだ……畳とか全面張替えないともうダメだよねこれ」
そんなことをマイクに話しながら屋敷の中を散策していく。
「この部屋めっちゃファンシーじゃん。この部屋にあるきんぱ――いやあじゃれじゃじゃあ!」
突然目の色を変えた西洋風の部屋の金髪人形に追いかけられて、悲鳴を上げながら屋敷内を慣れたキーボード操作で走っていく。
「いつまで追いかけてくるの!? ねえ!? ねえええええええええええじゃおふぉあふぁっかかあふぁ!!」
逃亡むなしくやられた白野さんはティッシュを素早く何枚も抜き取ると、鼻をかんだ。それからその使用済みティッシュを丸めて僕に投げつけてきた。ガチ恋勢としてこれはありがたく頂くべきなのだろうか。でもこのティッシュは嬉しくない。その辺で配ってる謎の広告が入っているティッシュの方がまだ嬉しい。
「真っすぐ行った後、こっちに曲がって、ここに入る!」
それから白野さんは謎の人形たちに何度も追いかけれてはやられた後、攻略法を自力で見つけていった。
「なになになになになに!? 怖い怖い怖い怖い怖い!!」
やがて白野さんは真っ暗になった屋敷の中に浮かぶ、赤く目を光らせた人形と対峙していた。
「え!? え!? どどどどどうすればいいのこれ!?」
パニックになりながらも暗い屋敷内を歩いて手掛かりのようなものを探そうとしていたらしいが赤い目の人形に襲われて終わった。
「やじゃじゃじゃっじゃななんあんららられららえあえっうぇあああああ!!」
白野さんが僕に強く抱きついてきた。彼女の汗ばんだ身体で僕のTシャツが湿っていく。顔が近い。結構綺麗な二重なんだな。
「ねぇ……これ最後までやらないとダメかなぁ……?」
「くぅーん……」
僕が無言で頷くと、白野さんはチワワみたいな声で唸った。チワワッサンか君は。
「開かない扉もあるんだね……えっと……なんかあれの人形を見つけて、それをなんかあのこいつにぶつけるってことでいいの? いいんだよね!?」
それから白野さんはまたマイクに向かって喋り始めた。
「助けてええええええええええ! あ! ほんとに助けてくれるんだ! やっちゃえええええええ!」
白野さんが連れてきた金髪人形が赤い目の人形に立ち向かい、魔法のようなもので戦い始める。
「倒した……のかな……? え!? 魂が乗り移ったのこれ!? 屋敷から逃げろってこと!?」
白野さんは真っ暗になって何がどうなっているのかわからない屋敷の出口を求めて走り続けた。
「外に出たけどこれまだ逃げるの!? にぎゃあああ!?」
白野さんが外に出て屋敷の外観を見ていたら、いたるところから激しい炎を上げて屋敷が炎上し始めた。
「え……? それから……この町に怪奇現象が発生することはなくなった……全焼した人形屋敷の中に人形はひとつも残っていなかった……全て燃え尽きてしまったのか……それとも……いやあふぁふぁささじゃじゃじぇじえじゃじゃじゃっじゃじゃあじいきああああああああああ!!!!??!?!??!?!?!??!?!」
最後に赤い目の人形が画面一面に映し出された後、スタッフロールが流れ始めた。白野さんはそれを見ることなく、僕にぎゅっと抱き着いていた。僕のTシャツの胸元が一気に湿度を上げていく。
「頑張ったよ……私……もうこれ以上はむり……」
そうだね、と思いながら僕はまた頭を撫でる。
「あ……エンディング……? エンディングだあ……!」
白野さんは慌ててマイクに向かって涙声でこう言う。
「頑張ったよみんなぁ……!」
僕もスパチャくらい送ってあげようかと思いながら、音を消したスマホから配信を開いた。あれは……いや、今はとにかく配信だ。
『頑張った!』『ありがとうリムリム』『奇声で鼓膜が救われた』
チャット欄にはそんな言葉が凄いスピードで流れていた。
『頑張ったね』
僕もそんな声を、300円と共に送った。さすがに僕に30000円はきつすぎる。
「もう……今日はこれで終わりにします……スパチャ読む気力もないです……」
『大丈夫』『気にしないで』『体調良くないのにありがとう』
焼きバターの人たちに、不平不満を垂れる人はいなかった。白野さんもこんなバターに包まれてるんだって、わかってくれればいいんだけど。
「みんな……ありがとね……でも……お……覚えとけよ繰夢ムリム!」
白野さんはそう言ってすぐに配信を終わらせたようだった。
『あw』『リムリムw』『www』『コラボ希望w』
そんなチャットが流れたところで、スマホの方の配信も終わった。
「わああああああ……まいはらくぅううううん……」
白野さんは手早くパソコンの電源も切るやいなや僕に飛びかかった。
「あばばべっべばえばばああああありがっとおおおおおお」
「僕はただ見てただけだよ」
「でもありががとおおおおおおお」
泣きながら僕の胸にすりすりしてくる彼女の頭をわさわさしながら、僕は考える。あれは一体なんなんだろうか。もしかしたら、これから大変なことが起こるかもしれない。白野さんも巻き込まれなければいいけど。
「まいはら……くん……? あ、っごごごごめんね!」
「大丈夫だよ。何ならもうしばらくこうしてていいよ」
「あふあふああ……でも……何か言いたそうな顔してた……」
「それは……えっと……」
白野さんにも、話すべきだろうな。僕はそう思いながらスマホを取り出して、画面を見せる。
「こんな動画があったんだけど……」
「え……? えええええええええ!?」
白野さんは僕に体重を預けたまま僕のスマホを両手で取り上げると、ちょっとガサガサになっている声で叫んだ。うるさかったけど耳は幸せだ。
僕のスマホで流れている動画のタイトルは、これだ。
「【GSB All Festival】大会優勝者の
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