Part1 黒和わわは白野知晴⁉
第1斤
午前0時。
親もそろそろ寝静まった頃だろうか。高校1年生の僕はそう思いながら、今もなお煌々としているLEDの下でスマホを手に取りYouTubeのアプリを開いた。
誤解のないように先に言っておくが、年齢制限がかかっていて僕の年齢では本来視聴できないようなセンシティブな動画を見る訳じゃない。誰に言い訳してんだ僕は。
僕が見ようとしているのは、いたって健全な子がやっている、いたって健全な生配信だ。
登録チャンネルの動画一覧に飛び、目当ての子の可愛らしいイラストが描かれているサムネイルをすぐに見つけた。動画タイトルは「雑談。おやすみの前に」。サムネの右下に赤くライブと表示されていることを確認した後、僕はそれをタップした。
『くろわわ、わわわわ、わわわわわ~。クロワッサン系VTuber、黒和わわで~す!』
良かった。ちょうど配信が始まったところのようだ。これは彼女――黒和わわが毎回配信の始めに言う挨拶である。
彼女について、少しだけ説明しよう。誰に説明する気だ僕は。まあいい、説明したいものはしたいんだ。そう思いつつも、頭の中で言葉をこねくり回し、誰かに説明を始める。
一昨年の12月から活動を始めて、チャンネル登録者数は6万人。配信内容は雑談、ゲーム実況、歌ってみた、ASMRなど多岐にわたる。
クロワッサンのようにロールした茶髪のツインテールが特徴的な外見、透き通るような高めの声質、努力に裏打ちされた巧みなゲームセンス、幅広い曲を歌える歌唱力、そして何よりいつでも焼きバター達を優しく受け止めてくれる抱擁感が非常に、とても、大変高い評価を得ている。説明終わり。
『わわわ~』『わわわかわいい』『クロワッサン系ってなんだよ定期』『聞くな定期』『わっちんのことだよ』『おやすみって言ってもらうために徹夜するよ~』
チャット欄にはいつもと変わらないそんな文字がそれなりの速さで流れていた。最後のはちょっと意味がわからないけど。
『おやすみって言ったらちゃんと寝てね。夜更かしとか、徹夜とかしちゃダメだよ』
さすがに最後のは彼女もやんわりツッコんでいた。
『はーい』『寝るために寝るの我慢してるw』『現時点で十分夜更かしな気がするw』
『でも本当、眠くなったら無理しないで寝てね? アーカイブはちゃんと残しておくから』
ちなみに僕は寝落ちを防ぐため1時間ほど仮眠しておいた。抜かりはない。
『4月から2ヶ月経ったけどさ、みんなはどう? 新生活に慣れてきた?』
彼女は可愛らしい表情になりながら、そう尋ねてきた。僕は……別に答えなくてもいいだろう。
『だいぶなれてきた』『うん』『わっちんがいるから大丈夫』『人間関係が難しい』
『あー人間関係! 私もそうだなぁ、ちょっと悩んじゃうかも。初対面で、これから長い付き合いになる人とかだと特に。ファーストコンタクトでその人の印象が大体決まっちゃうって話もあるよね。いきなりウェーイ! っていっちゃってもなあ、みたいな、どういう距離感で接したらいいのかなぁとか、私もすっごい考えちゃう』
『わかる』『見た目が9割とかって見た』『なんか意外』『ウェーイ助かる』
『意外? そうかなぁ。普段の私見たらみんな絶対びっくりするよ。ぜんっぜん人と喋れないもん。あっどうも……すみません……みたいな。マジでそんな感じだから』
『わっちんコミュ障説』『俺もそんな感じ』『かわいい』
『コミュ障……いや私もこれコミュ障じゃんって思って色々人との話し方とか、会話術とかみたいなの調べてるんだけど、知識だけ入れてもまあ……ムズいよね。ほんっと大変』
『勉強してて偉い』『うんうん』『結局経験積むしかない気がする』『普通に話せる人が話せない人に向けて書いたの読んでもなぁ……ってのはわかる』
『やっぱり自分で考えて頑張らなきゃダメだよね。でもさ、やっぱりちゃんと人と話したいなって思うよね。今もこうしてみんなと話せてるのも、たくさんの人のおかげだしさ、いつかは他のぱんぶれの子ともコラボ配信とかしたいし』
『コラボ!』『見てみたい』『最初はめろんちゃん辺りがよさそう』『笹窯ボコとコラボ希望』
『ボコさんとコラボはさすがに色々すっ飛ばし過ぎでしょw でもすごいよね、ボコさん。この前テレビで見たんだけどさ、仙台行ったらポスターめっちゃ貼ってあって、グッズとかもいっぱい売ってるんでしょ? もうほとんど公認じゃんってなるよね。あと……なんだっけ……あの、牛のあれ』
牛のあれ、というのは笹窯ボコの配信にたまに出てくる専属アシスタントらしい牛のゆるキャラみたいな見た目の人のことを言っているんだろう。
ちなみにめろんちゃんというのは、わっちんと同じく「ぱんどらぶれっど」に所属しているメロンパン系VTuber、
一応笹窯ボコについても説明しておく。仙台の妖精を自称しているVTuberであり、チャンネル登録者数は既に100万人を突破している。最近になり、仙台市から公式な案件も来るようになったらしい。しかし正直なところ、僕はあまり彼女の配信を見ていない。
『タンくん?』『牛のあれってw』『あれw』『ひどいw』
『あーそうそうタンくん! タンくんかわいいよね! もうちょっと名前どうにかならなかったのかなって思うけどw』
『わかるw』『笹かまぼこと牛タンw』『舌くんw』
『あー、なんかそろそろ黒和わわも大概じゃねえか! みたいなこと言われそうw』
そんな風に、彼女は焼きバターとの雑談を楽しみ、可愛い声で可愛く笑った。可愛かった。そうして配信から1時間が過ぎたとき、彼女が言った。
『ふぁぁぁ……そろそろね、みんなも寝たいだろうし、私も寝たくなってきたから終わろっかな。明日、あ、もう今日か、は月曜日だけど、みんな頑張ってね。わたしも頑張るから、一緒に頑張ろうね。みんなおやすみ~』
『おやすみ~』『あくび助かる』『かわいい』『これからアーカイブ見ます』
そして、エンディング画面に切り替わった後、しばらく経って配信が終わった。僕はそれを見届けてからスマホの画面を消して、枕元に投げた。そして照明を消し、布団を被った。そういえば金曜日の帰りのホームルームでやった席替えで最前列ど真ん中になったんだっけ。まあ、いいか。
もしかしたら、彼女におやすみを言ってもらえたお陰でそう思えたのかな、と感じつつ、僕は目を閉じたのだった。
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