第6話

   

 耳栓の秘密を聞いてから、一ヶ月くらい経った頃。

 体育の授業の後で教室に戻ると、まだ男子は帰ってきていなかった。女子は体育館でバレーボール、男子は校庭でサッカーというように別々だったので、女子の方が少し早めに終わったのだろう。

 ふと隣を見ると、天才くんの机の上には、布製のペンケースが置きっぱなし。少しチャックも開いていて、隙間から黄色いものが見えている。

 あの魔法の耳栓だ。

 胸ポケットに入れておくことが多いのに、今日はペンケースの中。着替える時にポケットから落ちたら大変、と考えたのだろうか。

「だとしても、これじゃ不用心だよね。大事な耳栓だろうに、盗まれたらどうするの……」

 軽い冗談のつもりで、私の口から出た独り言。

 しかし「盗まれたら」という言葉を耳にした途端、ちょっとした悪戯いたずらを思いついてしまう。


 天才くんの魔法の耳栓は、見た目は市販の耳栓と変わらない。私も今この瞬間、同じく黄色い耳栓を持っているくらいだ。

 もしかしたら、こっそり交換しても彼は気づかないのではないか。「魔法の」ではなく「普通の」耳栓になっても知らずに使い続けられるのであれば、魔法なんて嘘っぱちで、私が想像した通りプラシーボ効果に過ぎない、と証明できる。

 どうせ魔法なんて存在しない以上、たとえ彼が違和感に気づくとしても「耳栓の魔法効果が消えてしまった!」なんて理由ではない。微妙な形の差や、つけ心地の違いなどが原因になるはず。「違う」と思い始めたらプラシーボ効果もなくなるだろうが、少しくらい彼が困るのも良いではないか。天才くんの態度に日頃辟易している分の、ちょうどお返しになる。


 そう考えて、私は耳栓を交換してしまった。

 今思えば、どんな理由であれ、他人のもの――特に持ち主が大切にしているもの――と自分のものを勝手に交換するのは盗みの一種。でも、あの時はそこまで意識していなかったのだ。

   

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