第4話

   

 中学を卒業して高校入学前の春休み。

 駅前の交差点で、大きな荷物を抱えた老人が横断歩道を渡っていた。荷物が重いらしく、とてもあゆみが遅い。渡り切る前に信号が赤になりそうだった。

 心配になった天才くんは、老人の横へ駆け寄り、

「その荷物、僕が持ちましょう」

 と申し出て、老人を助けたという。

 しかもそれから一時間もしないうちに、また同じ老人が困っている場面に出くわした。キョロキョロと不安そうに周りを見回しながら、住宅街をウロウロしていたのだ。

「またお会いしましたね。どうしましたか?」

 聞けば、ひとり暮らしの孫を訪ねてきたが、アパートの場所がわからないらしい。

 老人が持っていたメモを見ながら、天才くんはアパートまで案内してあげたという。


「それで、お礼としていただいたのが、この耳栓さ」

「耳栓がお礼って……。ずいぶんショボイのね」

 天才くんの表情が曇ったのを見て、慌てて言い直す。

「あら、ごめんなさい。一見普通の耳栓だけど、魔法の耳栓なのよね。そんな凄い耳栓くれるなんて、そのおじいさん、神様だったのかしら?」

「やだなあ、優子ちゃん。そんなわけないじゃないか」

 彼に話を合わせたつもりなのに、そんな私の言葉を笑い飛ばそうとする天才くん。

「だけど、おじいさんは昔、本当に神様に会ったことがあるらしくてね。その神様からもらったのが、この耳栓だったとか。彼の話によると……」

 若い頃におこした会社が大成功。一代で財を成して、既に引退した老人。

 金銭的には裕福であり、天才くんに対しても最初は現金で謝礼を渡そうとする。でも天才くんが「そんなつもりで手助けしたんじゃないから」と断ると、代わりに差し出したのが耳栓だったという。

「『自分の人生が成功したのは、若い頃に神様から授かった魔法の耳栓のおかげ。でも、もう自分には必要ない』とか言ってね。魔法なんて話、最初は僕も信じてなかったから『耳栓程度ならもらってもいいかな』と思って……」

 しかし、いざ使ってみると効果は絶大。特に授業中「必要ない音は耳に入ってこなくなるけど、必要な音はしっかり聞こえる」というのは、試験に出る部分だけ聞こえてくるということ。

 だからテスト勉強も容易になり、高校に入ってから成績が急上昇したという。

「えっ、天川君が成績すごいのって、高校生になってからなの?」

「当たり前だろ。中学の頃から『勉強できる子』だったら、もっと偏差値が上の高校へ進学してたよ」

「あら、失礼ね。この高校だって、それなりの進学校なのに」

 冗談口調で酷いことを言う彼に対して、私も軽口を返したのだが……。

   

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