天才くんの耳栓は
烏川 ハル
第1話
「優子! あんた、まだいたのかい?」
「うん、ちょっと寝坊しちゃってね。でも大丈夫、一本遅い電車でもギリギリ間に合うから!」
母には余裕の態度を見せたけれど、内心ではかなり焦っていた。期末テストの二日目だから、遅刻したら一大事なのだ。
そもそも「ちょっと寝坊」の原因も、夜遅くまで勉強していたせいだ。しっかり日頃から予習復習していたつもりなので、一夜漬けとは言いたくないが、歴史のような暗記科目は、ついつい前日に詰め込む格好になってしまう。
朝食は簡単に済ませて、家を飛び出す。食べたばかりでは体に悪いけれど、駅まで全速力でダッシュ。
ホームに着くと、ちょうど電車が入ってくるところ。母に告げた通り、いつもより一本遅い便だった。
それに飛び乗り……。
「はあ、はあ」
荒い息をしながら車内を見回せば、同じ制服がいくつか視界に入る。
一本遅い分、いつも見る顔ぶれとは違うけれど、同じ高校の生徒の存在は心強い。この電車でもきちんと間に合う、という
ほとんどは知らない生徒だが、一人だけクラスメートを発見。正面右側のロングシート、その真ん中あたりに座っているのは
苗字と名前から一文字ずつとって、あだ名は天才くん。同じクラスなのは今年からだが、前々から私も噂は知っていた。そのニックネームに相応しく、学年トップレベルの成績優秀者だという。
だけどガリ勉タイプではなく、むしろ運動が大好きらしい。確かに教室でも、休み時間になるや否や、仲の良い男の子たちと共に校庭へ飛び出していく。そんな姿をよく目にしていた。
中肉中背で、目鼻立ちも人並みだろうか。髪は男の子にしては長めで、特にサイドは耳が完全に隠れるほど。長髪男子を好む一部の女子たちにはウケているという。
同じクラスなので一応は喋ったこともあるけれど、特に親しく話すような間柄ではなかった。わざわざ声をかけに行くつもりはないが、天才くんと呼ばれるほどの彼が期末テスト当日の朝、通学の車内でどのように過ごしているのか、ちょっと気になる。
そうっと近づいて、適度に離れた位置に立ち、こっそり様子を見てみると……。
彼はノートを広げて、一生懸命それを読み込んでいた。
ああ、成績トップレベルでも余裕綽々ではなく、ギリギリまで勉強しているのか。そう考えると微笑ましい気持ちになるけれど、逆にいえば、そういう努力の成果として優秀な成績を維持できるのかもしれない。ならば私も彼を見習おう、と気を引き締めるのだった。
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