第34話  話はあとで

 ヴィーが男達と対峙していたその裏で、エルは静かに目を閉じて森の中の妖力を探っていた。

 なんとなく気配で妖精がいるのは判っていたが、より正確な数と場所が知りたかったからだ。

 やがて真っ暗だった瞼の裏に、小さな光点がいくつか現れゆっくりと動き出した。

『マスター、数は2。どうやら移動をしてる様なので、先回りして接触します』

 エルが念話をヴィーに飛ばす。

 返事は待たないしいらない。

 エルは、己が何をすべきかわかっているから。


 虹色の光跡を曳きながら森の樹々の上に一直線に飛び上がると、次には目当ての場所まで斜めに一直線に急降下。

 降りた先で見つけたのは、羽がボロボロになった妖精と、その妖精を支えて飛ぼうとする妖精だった。

 2人ともすでに服はズタズタに裂け、羽も体も傷だらけだった。

 追手を気にし、後ろばかりに注意を払っていた2人は、薄暗い茂みの陰の中に突如現れた虹色の羽を持つエルに対して、驚きのあまり思考も体も硬直し、何が起こったか理解できず息を詰まらせた。

『おまたせー! ききいっぱーつ!』

 その虹色の妖精が明るく元気いっぱいにそう告げたのを見た2人は、

「よ、妖精?」

 紛れもなく、それは妖精だった。

『そだよー! もう大丈夫だからねー!』

 虹色に輝く羽と瞳を持つ美しい妖精が微笑みながらそうは言うが、まだ妖精狩りの男達はすぐ傍にいるはずだ。

「だ、駄目! もうあいつらがそこまで来てる!」「あなたまで捕まっちゃう! 早く逃げて!」

 2人の妖精が、口々に目の前のエルに向かって叫んだ。

『ん~~~、大丈夫だよ? だって私強いし! それにね…妖精女王の騎士も来てるからね~!』

 エルは、自分が強いんだぞと見せつける為に、頑張って力こぶを出そうとしたのだが…ぷよぷよの腕を曲げただけだった。

 それを見たはぐれ妖精の2人は、全身からどっと力が抜けるのを感じた。


 腰を抜かしそうになった2人の妖精の姿に、何か釈然としない物を感じないでも無かったエルだが、

『ほら、もうそろそろ終わるよ?』

 っと、エルが告げると、2人の妖精達は彼女の目が、目の前の茂みではなくどこか遠くを見ている事に気付いた。

 落ち着いて周囲の様子を窺うと、先程まで確かにすぐ近くで聞こえていたはずの男達の下卑た笑い声や怒声、乱暴に茂みを漁る音がすべて消えていた。

 辺りはまるで妖精達が知る森の様子と変わらない静けさであった。

『さ、私が誘導します。ついて来て。あなたは私が連れて行きます』

 そうエルは言うと、傷ついた妖精2人を小脇に抱えて、空に舞い上がった。

『じっとしててね』

 短く告げると、エルはヴィーが先程掴まっていた高い木の中ほどの太い枝へと、飛び上がる。

「「え、え、ええーーーー!?」」

 抱えられた妖精が2人が驚き声をあげたが、そんな事を全然気にする様子もなく、

『マスター、さっきの木に避難させた』

 っと、エルは虚空に向かってそう告げた。

 

 きっともうヴィーは妖精狩りを倒しているはずだが、油断できない。

 ヴィーに教えた樹の枝の上で、エルが森の中の気配を探っていると、羽が傷ついた妖精から、

「助けてくれてありがとう。私達は竜の巣の近くの村の妖精よ。あなたは?」

『私は虹の花園の妖精村のエル。マスターと一緒に助けに来た。安心して、あなた達を保護する』

 妖精2人は頭に"?"をいくつも浮かべながら、その話を理解しようとしたが、理解しきれなかった。

「"虹の花園の妖精村"が、あなたの住む村なのね。じゃあエルって言うのは、あなたの名前?マスターって一体何の事?」

『違う。虹の花園の妖精村は生まれた所。今は人種の村に住んでいる。エルは私の名前。エルって呼んで。マスターはヴィーの事。お仕事の時はそう呼ぶの』

 矢継ぎ早な妖精達の質問に、同じく早口で一息にエルは答えたが、誰が聞いても説明不足だ。

『話はあとで。今マスターが、あなたたちを追っていた奴らを倒した。もう少したらここに来るから、静かにしてて』

 そう言われた2人の妖精には、これ以上言うことは何も無い。

 仮にも同種族が保護してくれるらしいのだし。

 それに、すでに昔話でしか聞かないような特殊個体の妖精、虹色の羽の妖精が目の前に居るのだ。

 先ほどもたった一人で2人の妖精を支え、この高い枝まで一気に飛び上がった能力を考えれば、素直に従った方が目的のためにも良いと考え、ひとまず傷ついた体を休める事にした。

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