第32話  ぷよぷよ

「はぁ…はぁ…はぁ…」


 陽の光がほとんど届かない深い森の中。

 そこを、3人の少女が、必死に何かから逃げていた。

 2人の少女が両脇から1人の少女を抱えあげ、森の中をただ只管に逃げていた。

 その少女たちが向かう先が目的地なのかどううかは定かではないが、少女達の見た目は明らかに普通の人種とは違った。

 彼女達が逃げ回っているこの森の樹々と比較すれば一目瞭然ではあるが、まず明らかに小さい。

 そして彼女達は、何かから両の足を使って走って逃げているのではなく、背中に撥ねた羽を使って宙を飛んでいた。

 少女たちは、エルと同じく妖精であった。


『どこ行きやがった!』『逃げ切れると思ってんのか!』『隠れても無駄だ!』『観念しやがれ!』

 静かな森のに、見るからに粗暴な男達の声が響き渡る。

 その声が少女たちの耳に届くたびに、妖精を抱えている両脇の2人の妖精はビクッとして、ついうち振り返ってしまう。

 どうやら抱きかかえられている妖精は怪我をしているのか、ぐったりとしていて動く気配がない。

 意識を失っているのかもしれない。

「あと少し…きっとこの先に…」「伝説の妖精の村まで行ければ…」

 妖精2人は互いに声を掛け合い、恐怖で竦む身体を羽を何とか動かし、少しでも前へと進もうと足掻く。

 どれ程の距離を飛んで来たのかは分からないが、そんな2人には明らかに疲労の色が見える。

 気持ちは前に進もうとしているのだが、進む速度は人が歩くよりも遅い。

 それでも少しでも、ほんの少しでも前へ前へと向かう妖精達。

 しかし、怒声を上げつつ迫りくる男達は手に手に槍や長い棒を持ち、妖精達が身を隠せそうな茂みを突いて回り、確実に妖精達へと近づいてくる。

『ここかー?』

 1人の男が持つ槍が、すぐ近くの茂みをガサガサと音を立てて掻き分ける。

 もう駄目かもしれない…と、妖精が諦めそうになった時、それは妖精達の前へと舞い降りた。


 

 エルの瞳がその羽と同じ虹色に輝くとき、エルは超お仕事モード妖精になる。

 そのエルの示し飛んで行く方へと森を疾走して来たヴィーだったが、エルが宙で止まったのを見て、立ち止まった。

『マスター、居ます』

 エルが言うまでもなく、ヴィーの耳にも男達の怒声が届いていた。

 そして、ヴィーにはぼんやりとしか感じられないが、確かに妖精の気配も感じ取ることが出来た。 

「あいつらの相手は僕がする。エルは、隠れているはぐれ妖精達を探して守って」

 ヴィーは、エルの返事も待たず瞬時に加速した。

 そして怒声をあげながら棒を振り回す男達へ向かって、ヴィーは地を滑るように走り出した。


『おまたせー! ききいっぱーつ!』

 半ば諦めかけていた妖精達の前に降り立ったのは、虹色に輝く羽と瞳を持つ美しい妖精。

「よ、妖精?」

『そだよー! もう大丈夫だからねー!』

 微笑みながら明るくそう告げる妖精の登場に、妖精2人は面食らったが、

「だ、駄目! もうあいつらがそこまで来てる!」「あなたまで捕まっちゃう! 早く逃げて!」

 今の今まで男たちに追い回されていた2人の妖精は、目の前に降り立った美しい妖精にそう言葉を掛けた。

『ん~~~、大丈夫だよ? だって私強いし! それにね…妖精女王の騎士も来てるからね~!』

 エルはそう言うと、むんっ! と、右の上腕にぐっと力を入れて、ぷよぷよの腕を見せつけた。

 目の前の美しい虹色に輝く妖精の、ドヤ顔と出ても居ない力こぶを見た妖精達は、一気に全身の力が抜けるのを感じた。

 軽い脱力感に襲われながらも、この危機的状況について妖精達は考えていた。

 自分達を狩ろうとし、先程から怒号をあげて追いかけて来ている男達。

 まだ、危機は去っていないこの状況に、決して安堵出来ないと。 


 しかし、自分達の仲間であろう、虹色に輝く妖精が先ほど口にした言葉の中の単語の意味が、どうにも妖精達には理解できない。

 妖精女王の騎士…そんな者の存在を、妖精達は知らない。

 妖精の味方? 妖精女王の…と言うからには、妖精女王に関係しているのか?

 そして、目の前に居る彼女は、確かに『妖精女王の騎士も』と言った。

 その言葉が意味しているのは、この場にその騎士と共に彼女は来たという事に他ならない。


 そして、妖精達は気付く。

 先程まで怒号を上げて追いかけて来ていた男達の声が、何時の間にか聞こえなくなっている事に。

 妖精達の耳に届くのは、樹々の合間を吹き抜ける風が葉を揺らす音だけだった。

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