第28話 王国の危機Ⅴ
城壁下に展開していた衛士達に交じり、戦闘を職業とする衛士でさえも満足に振り回せぬ程の大剣を構えた少年がいた。
一見すると美少女と見紛うばかりの、まだ幼く可愛いらしい少年だ。
彼こそが、女神の啓示により勇者と認定された少年、ソブロムだった。
国王はその少年に向かって叫んだ、
「ソブロム、退くぞ! 我らでは足手まといだ! 炎が消えぬうちに退け!」
少年は、虹色に輝く、自分よりも少しだけ年上の少年の戦いをただただ呆然と見つめていた。
衛士達に無理やり手を引かれるまで、その場から動く事が出来なかった。
炎がおさまる前に、城壁上の衛士達が垂らしたロープを伝い、何とか全員が城壁にあがる事が出来た。
城壁の上からは、このおぞましい戦場の様子が一望出来た。
最初に見た時は、ただ敵の数に圧倒された。
だが、今は別の事に圧倒されていた。
先程目にした虹色に輝く妖精女王の息子…いや、妖精女王の騎士が、大グモ達をまるで木の葉を掃くように吹き飛ばしていたからだ。
少年の姿は大グモのの群れ中で、まるで踊るように舞うように、一度も止まることなく絶えず動き回っていた。
その大弓を片手で回して大グモを弾き飛ばし、時にはその弓でクモを叩き潰し、弦で切り裂き、矢を射っては頭を爆散させる。
その戦闘能力は、圧巻の一言だった。
瞬きの間に少年の姿が掻き消える。
一瞬たりとも同じ場所に少年は居ない。
黒き大グモの群れの中を虹色の光を曳きながら縦横無尽に駆け回る少年。
よほど注意深く少年の動きを追わねば、すぐに彼の姿を見失ってしまいそうになる。
少年を無視して城壁に取り付こうとした大グモは、途轍もない速さで飛来した虹色の光が貫いた。
目を凝らし動きを追っていた者は、時折ターンのために速度を落とした虹色の光が、先程の妖精だとわかる。
妖精は虹色の光跡を曳きながら、あの硬かった大グモを次々に屠っていった。
あまりにも圧倒的な光景だった。
ただ少年と妖精が動く先で、大グモの屍が積み重なって行った。
誰もが、ただただ無言でその光景を見入っていた。
どれほどの時間、その戦場を見つめていたのだろうか。
皆が我に帰った時には、少年が飛び出してからすでに数刻が過ぎようとしていた。
陽も傾き始め、空が茜色染まろうかという頃、群れのボスとも言うべき一際巨大な大グモが姿を見せた。
いや、その表現は間違ってはいないが、正しくもない。
その巨大な大グモを残し、残る全ての大グモを少年と妖精が倒してしまったのだ。
ボス大グモは、自身を守らせる為に侍らせていた大グモモすらも倒された事に激高していた。
今まで見ていた大グモなどとは比べようもない程に巨大なそれは、少年と比較すると良く分かるが、まるで二階建ての家のような大きさである。
誰もが息をのんだ。
いくらなんでも、あの巨大な大グモに叶うはずはないと。
だが少年は何も気負う事無く、まるで隣家を訪ねるかのような足取りで、弓を片手に歩きだした。
虹色の妖精は、その少年に付き従う様に、少年の真上へと飛び上がった。
何がどうなったのだろう。
推測でしかないが、妖精が上空からボス大グモを地に叩きつけ、少年があの弓で全ての足の間接を切り捨て、最後に目の前に降りて来た頭を、腰に帯びてた鉈で叩き割った。
推測だが結果を見れば、それはほぼ間違いないだろう。
結果がそうであると、証明していた。
だが、そんな事を誰が信じられよう。
この場の誰もが生を諦め絶望を感じたその巨体を、まさか少年と妖精が叩き伏せたなど、笑い話にもならない。
あり得ない…それが誰もが抱いた感想だ。
しかし、現実は違う。
体液をまき散らし絶命しているのは、恐ろしいまでの巨体を持つ大グモだ。
そして少年と妖精は茜色の空の中、城壁前までゆっくり歩いて戻ってきた。
2人は振りかえり、大量のクモの死骸に向かって何事かを呟くと真っ赤な炎が巻き起こり、辺りに散らばる無数の大グモの死骸の悉くを焼き尽くしていった。
その炎を見つめる虹色に輝く少年と妖精は、まるで絵画のように美しかった。
ソブロムは涙が止まらなかった。
今までは、ただ女神の啓示を受けた勇者だからと、ただただ毎日訓練してきた。
何のために訓練するのか目的も定まらず。
力が強く体が頑丈なだけで、その力を持て余し使い道のない自分の職業を恨んだ日もあった。
だが、今やっと目的が見えた…いや気付いた。
勇者の力は、全てを守る為にある力なんだと。
勇者という職業を女神から与えられた自分の使命、大切な物を守る為に必要な強さなんだと。
あの人に背中を任せてもらえるぐらいに強くなる! あの強さこそ、自分の目指す先だと。
どんな敵からでも守れる強さを手に入れて、あの人と共に戦いたい!
今はまだ、恩恵のおかげで力が強く打たれ強いだけの職業:勇者ではあるが、いつか必ず戦う術を身に付けてみせる!
いつかあの人の横に並んで戦いたい!
ソブロムは、その強い思いを噛みしめた。
アメリア王女は泣いていた。
なぜ泣いているのか、自分でも理解できなかったが、ただただ涙を流し続けた。
自分は王族だ。
死ぬ覚悟は出来ている。
王族が守るべき民の後ろに隠れていてどうするというのか。
父や母と共に、前線に立ち命を懸けることに迷いなどなかった。
王家の血筋など、兄が残ればそれでいい。
我が愛する民を救えればそれでいい。
ただ…恋がしたかったなぁ。
好きな人と、お話したり、デートで手を繋いだり…キスしたり…。
私にも、いつか物語の様な王子様が迎えに来てくれるかな。
大好きになった人の、お嫁さんになりたかったなぁ。
もう叶わぬ夢と諦めよう。
私の夢は、きっと私が助けた民が叶えてくれる。
民のためならば、この夢も命もささげよう!
未練は…あるけど、悔いはない!
そんな時颯爽と現れ、たった1人で死地に飛び込み、誰も死なせる事なく王国の危機を救った人。
私も、父や母も、衛士や狩人たちも死を覚悟した戦場に、たった1人で飛び込んだ人。
この国の全てを救ってくれた、私の英雄…。
夕日の中、妖精と共に虹色に輝くその美しい姿を、私は見続けた。
スラリとして姿勢のいい立ち姿。
髪は激しい戦いで乱れてはいるけれど、綺麗な黒い髪。
ああ…目が離せない。
私が夢で追い求めた、物語の英雄のよう…。
見つめているだけで、心臓が破裂しそうなほどに鼓動が高まる。
そうだ、あの方こそ私が探し求めた人。
決めた、私はあの方に嫁ぐ!
あの方しかいない!
あの方以外は考えられない!
妖精女王の子? ならば王子様でしょ?
あの方こそ、私の求め続けた王子様よ!
あの方と結婚する!
その少女の目は、まるで獲物を見つけた獣の様だった。
アメリア王女12歳、もう涙は止まり、その顔には笑みを浮かべていた。
妖精女王の騎士、ヴィー13歳。
王国存亡の危機を、たった1人で退けた妖精女王の騎士が、初めて歴史に登場した日だった。
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