第21話  株分け

 何とかヴィーは、抱きつく暴走女王を引きはがす事に成功した。

 ただ、その代償は意外に大きかった。

 具体的には、精も根も尽き果てた…らしく、ヴィーはぐったりとしていた。

 そんなヴィーを余所に、まだまだ元気いっぱいの妖精女王は、何時の間にかまた赤く丸い果実に果敢に挑んでいたエルににこやかに話しかけていた。


『エル、外の世界はどう、楽しい?』

 漸く自分の顔程もある、つるつると滑る丸い果実に齧りつくことに成功したエルに優しい笑みを向けながら話しかける女王。

『んっとぉ、人種の友達いっぱい出来たよ~! すっごく楽しい!』

 にぱっ! と良い笑顔で答えたエル。

『それは良かったですね。でも十分気を付けるのですよ、エル。あなたは他の妖精と違って特別な存在ですし、外の世界ではたった1人の妖精です。それ故に特に狙われやすいんですからね。まぁ、もしかしたら他にも妖精は居るかもしれませんけど…』

 女王が心配するのは当たり前の事で、常に裏で高値で取引される妖精種が、無防備にふらふら目の前を飛んでいれば魔が差す者が居てもおかしくない。

『ん~、でもエルより強いのヴィーと勇者しか見た事ないよ~?』

『あなたがお仕事モードで居る時はね。普段のあなたはボケボケでしょ?』

 ひどい言いぐさである。

『わかったあ~。危なくなったらヴィーに連絡する~!』

 素直に聞き入れるエルに、女王は満足そうに頷いた。

 ヴィーもそんなエルの言葉に、「いつでもいいからね」、と笑っていた。


 ◇


 妖精種は、その血統を辿ると、そのほとんどが同じ"生命の樹"へと行きつく。

 過去に、同種同士での性行為で生まれた子に限っては妖精達の王や女王となるのだが、その親達の血筋も、元を辿れば"生命の樹"へと行きつく事になる。

 遠い昔に、妖精種は幾つかのグループに分かれてしまったが、今でも世界のどこかで小さな村を作り、ひっそりと生きているはずである。

 他の妖精種の村にある生命の樹も、この女王の住む村にある生命の樹も、元は同じ樹から株分けしたものであり、全ての妖精種は遺伝子的に非常に近い親族とも言える。

 遠い遠い気が遠くなるほど遠い昔には、地上に妖精の大国があり、妖精種の王族も数多くいたという。

 そして、そこにはとても大きな"生命の樹"があったそうだが、その樹を知る妖精種は、今では一人もいない。

 当時の色々な種族の国々によって妖精の国は侵略され、妖精狩りによってその多くは狩られてしまい、生命の樹もその時に焼かれてしまったという。


 生き残った妖精達は、何とか逃げ延びた王族と共に各地で隠れ暮らしていた。

 王族は羽さえ隠せば人種と見た目は変わらないので、王族自らが足を使い安住の地を探して歩いた。

 数年、数十年後かもしれないが、たまたま生命の樹の元に戻ってきた王族が、焼けた幹から新たに生えている芽を見つけ、大事に移植して育てたのが、この村にある生命の樹だ。

 長い年月をかけて妖力を溜めた樹は、ごくまれに新たな芽を出す。

 新たな安住の地を見つけた妖精達が、これを株分けして運び育てる事により、少しずつ妖精は数を増やした。

 何度かの外の国々の大戦と、樹木の精霊徐々に数を増やし、この村の妖精以外を拒絶する白の森として湖を取り囲んでしまったため、もう連絡手段の無い他の妖精達がどこでどれだけ生き残っているのかも不明である。

 妖精種がこの場所に戻ってくる事も出来ず、他のコミュニティーがどうなっているのか知ることは出来ない。

 まだ連絡手段のある妖精の村とは定期的に幾らかやり取りはしているが、それでも会う事はほとんど無い。

 ただ元々同じ遺伝子プールから生れた妖精種は、例え遠く離れていても、同族が一度に…それも大量に命を落としたりすると、それを何となくではあるが強い不安や恐怖といった感情となって共感する能力があるので、その様な事が無いということは、みんなが無事に暮らしているのだろうと、ただ想像するしか出来ないのが現状である。


 ◇


 外の世界でのヴィーの冒険譚やエルの面白エピソードを、時には声をあげて笑ったり感心したり心配したりしながら、ヴィーと妖精女王、それとエルの3人は、夜遅くまで語り合った。

 通信の法具でいくらでも話す事は出来るのだが、やはり面と向かって話すのは別な様で、今度からもう少し早く顔を見せに帰ろうと心に決めたヴィーだった。

 

 妖精種には風呂という文化が存在しないため、幼少より暮らしていた自分の部屋に湯桶を持って入り、上着を脱いでさあ湯で体を清拭しようとしたその時、

 『私が清めてあげるー!』

 フガフガと鼻を鳴らし興奮した女王と、

それに乗っかって『私も~!』とくっついて来たエルの強襲を受けたヴィーは、それを躱し追い払うのに夜も遅いというのに本日最大の労力を費やす羽目になったとか。

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