第14話 待ち合わせ
ソブロムが寝た深夜、ヴィーは家の裏にある小さな池の畔の祭壇にある、通信の法具を使って妖精女王に事情を説明した。
これは妖精女王とマイラフ国王が使った通信の法具の簡易版である。
使用には随分と制限があるため、おいそれとは使う事は出来無い。
なので、普段は定期的な連絡にのみ使っている。
エルに妖精の村まで飛んでもらったのも、この制限のためである。
だが、エルからの伝言を聞く限り、今回は何が何でも早く連絡を取らないと大変拙い事になるだろうと思い、ヴィーはそれを起動させた。
ヴィーが心配した通り、やはり妖精女王は拗ねるわごねるわ泣きわめくわで、宥めるのにかなりの時間と精神的な疲労を要した。
そのダメージは、風呂ごときで癒える疲れではなかった。
風呂から出ると、当たり前ではあるが家のなかはしんと静まり返っていた。
梁の上にある鳥の巣にしか見えない籠の中では、すでにエルがすやすやと寝息を立てている事だろう。
アホの子ではあるが、一応は客であるソブロムには、ヴィーの寝室で寝てもらっている。
自分は居間のソファーで十分だと言っていたが、さすがに客を居間で寝かすのはヴィー的に納得できないと、半ば強引に寝室へとソブロムを放り込んだ。
ヴィーは妖精の村出身である。
妖精の村…それも妖精女王の家に住んでいたわけだが、そこではそもそも布団など使った事は無かった。
普段は、家とは名ばかりの枝葉や草などを組んだだけの小屋の中で、地面にゴザの様な物を敷いているだけの場所で寝ていたのだ。
ヴィーにとって、ソファーで寝れ事など問題無い。
なんとなれば、居間に敷いてある森狼の毛皮の上でも十分すぎる程だ。
深夜ではあるが、室内も十分に暖かく、暖炉に火をいれる程でもない。
ソファーに横になったヴィーは、天井近くの梁にある、エルが寝床にしている籠をぼんやり眺めていた。
すると、次第に眠気が襲ってくるのを感じ、その流れに身を任せて瞼を閉じた。
◇
翌朝、意外と早起きな勇者ソブロムを連れて、ヴィーは散策がてら日課の村の周囲の点検を済ませた。
その後、家に戻って朝食にしたのだが、ソブロムは小さな体躯によらず出せば出すだけペロリと綺麗に大量の朝食を平げた。
勇者という職業がそうさせるのかは分からないが、ゆうにヴィーの3倍は食べただろう。
そして、十分に朝食を堪能したソブロムは、身の丈を超える超重量の大剣を背中に担ぎ、
「また来るからねえ。今度はいっぱい遊ぼうねえ!」
と、手を振り振り王都へと走って行った。
それはもう、もの凄い勢いで。
彼の走り去った方を良く見ると、森の辺縁部で樹木や中型のイノシシの様な獣が空に舞い上がっている。
村から続く森の合間を縫う道は一直線に続いているので、その様子がはっきりと見て取れた。
ソブロムの走りは途轍もない速度なので、かなりの衝撃波が発生しているのかもしれない。
単にその速度や力に振り回されて真っすぐに走れず、付近の木や獣を巻き込んで吹き飛ばしているだけなのかもしれないが。
ナチュラルに自然破壊をするその様子に、(やっぱりあれを貴族にしちゃだめだろ…)と頭を抱えるヴィーであった。
もちろん、アホの子の爆走に巻き込まれてしまった樹木は村の資材として、獣は村の貴重な食材となったのは言うまでもない。
ソブロムのせいで、余計な仕事が朝から増えてしまったわけだが、村人たちは笑ってそれを熟していた。
本当は、朝から畑の手入れや水やりなどもあっただろうに、申し訳ない気持ちになるヴィーだった。
午前中をバタバタと過ごしたヴィーとエルは、軽く昼食を食べた後、森へと入る時のいつもの装備を手早く身に着けた。
ヴィーの肩には、お約束の様にエルがちょこんと座る。
そして約束の時間に間に合う様に、待ち合わせの場所である森辺縁の街道へと、のんびりと歩いて向かった。
やはりアホの子の走り去った後は、まるで竜巻が通った様な有様であった。
村から大分離れた場所でも、イノシシや狼といった獣がチラホラと斃れていた。
『ごはんが落ちてるよ~ 』
「誰か狩人が持って帰るだろ 」
エルが、そこかしこに散らばる得物を指さして言ったが、今日もギルドの依頼を請けた狩人が誰かやってくるはず。
なので、勝手に誰かが回収してくれるだろうと、ヴィーは答えた。
楽に獲物が手にできるのだから、狩人も喜ぶはずだ。
結局のところ、見なかった事にした…とも言う。
さして急ぐわけでもなく、のんびり歩いて約束の待ち合わせ場所に2人が着いたのは、まだ陽が傾くまで少々時間が掛かりそうな頃合いで、約束の時間より大分早い。
なので、ヴィーは誰かさんの自然破壊の証拠となる倒木に腰かけて、のんびり空を見上げていた。
今日も良い天気だなと。
そんなヴィーの前を何組かの商隊が通り過ぎていったが、どの馬車からも荒れた街道の事を尋ねられた。
「街道沿いに局所的な竜巻が発生したみたいですね」
と、その度に誤魔化した。
いくらアホの子とはいえ勇者である。
無暗に評判を落とすような事はしない程度には、気遣いのできる男であった。
「ヴィー殿、エル君、待たせてしまったかな?」
そんなヴィーの前に、3台の幌馬車が止まり、御者台から降りて来た青年が声を掛けた。
彼等一団は、ギルドのある村駐屯している衛士達。
エルがギルド、妖精女王が国王に連絡した事で、この場へと派遣されて来たのだ。
「ご苦労様です、ベルテさん」
『ごくろうさま~!』
丁寧にヴィーは頭を下げて、青年に挨拶をする。
そんなヴィーの肩で、エルも同じ様に頭を下げた。
「ヴィー君、そんなに畏まらないでくれ。こっちは仕事だし。何より君はフェアリークイーンの騎士なのだから、単なる衛士の我々より、王国では立場は上なんだよ?」
以前、王様からそう言われたこともあるヴィーだが、
「僕は単なるガーディアンです。一兵士の様な物ですよ」
ともう一度頭を下げた。
何故かヴィーの肩の上で、エルが薄い胸をはっていた。
「本当、君は謙虚だねえ…。と、それより仕事の話をしようか。ここから森に入るのかい? 道案内はまかせても?」
馬車からは次々と衛士が下りてくる。
その衛士たちに向かってヴィーは
「はい。そこの森の切れ目から中に2刻ほど入った所です。道案内は任せてください。獣を避けて行きます 」
そうヴィーは答えた。
その後、ベルテ達は馬車を街道から外れた場所まで移動させ、馬車の見張りに2人を残して、残る衛士10人はヴィーの後に続いて森へと入って行った。
そこら中で獣の気配を感じはするが、特に遭遇戦になる様な事もなく、最初にヴィーが説明した通り、およそ2刻ほどで無事に目的地へと着いた。
目的地にある大木の根元には、小汚い全裸の男達が草の蔓などで縛られてグッタリとしていた。
「狼にでも喰われときゃ、帰りが楽なのに…」
それを見たベルテが、ちょっと怖い感想を漏らしていた。
衛士達は、持って来た貫頭衣を息のある男に手早く着せて縄で縛り直し、死んでいる男は身体的な特徴を確認し記録をすると、人数分の穴を掘り埋めて行く。
結局、生き残ったのは5人であったが、その5人もまともに歩く事も出来ないほどの重傷を負っていた。
衛士が持参していた、簡単な治癒薬で回復させる事は出来たのだが、すでに日は傾いていた。
この縛り上げられた男達が野営していたぐらいなのだから、樹木が密集し見通しの悪い森の中で休むよりもは良いだろうと、今夜はこの場で野営をする事になった。
衛士達は多少の携帯食料は持って来ていたのだが、それだけでは少々寂しいので、ヴィーが森に入りウサギを二羽捕まえて来て、皆に振る舞った。
味気ない野営の食事が、少しだけ豪華になり、衛士達は喜んでいた。
街道で彼等の帰還を待つ留守番組の衛士達には悪いが…。
その晩は、数人で交代しながら見張りを行ったが特に脅威となるような獣の襲撃もなく、朝を迎えると同時に貫頭衣の男達を引き連れて、ヴィーと衛士一行は街道へ向かい帰路についたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます