第4話  おつかい 

 エルはお気に入りの服を着て、晴れ渡った青空を飛んでいた。

 向かうのは、ヴィーの村を管轄するギルドの支部がある隣村。

 ヴィーの住む村から馬車で約半日ほどの所の村に、王国ギルドの第3支部がある。

 元々妖精の中でも高い飛行速度を誇るエルであれば、そんな距離は1刻もあれば飛び切る事が出来る程度の距離である。

 しかし、今日はとても気持ちの良い天気なので、とてもゆっくりした速度でのんびりと空の散歩を楽しんでいる。 


 ◇

 

 ギルドとはこの国の公的機関の1つであり、役所の様な組織である。

 仕事内容は、住民の登録や徴税の様な一般的な役所仕事、住民のお悩み相談も受け付ける何でも屋的な仕事、衛士が常駐し管轄の村や街の警備や違法行為の取り締まり等々、その業務内容は多岐に渡る。

 そんな数多い業務の中でギルドをギルド足らしめている主要な業務と言えば、依頼者と請負人を繋ぐ仕事の斡旋業務である。

 これは依頼主からの依頼を狩人と呼ばれる請負人に対して斡旋し、報酬や素材の受け渡しまでを一括管理する業務であり、隣国では冒険者組合と呼ばれている組織と同等の業務である。


 ではギルドと冒険者組合の何が違うかと言うと、ギルドでは関わる全ての人が国の許可を得て仕事をしているという点だ。

 ギルド所属の狩人は、市民登録がされていてなお且つ国の試験と研修を経た者にしか許可証は発行されない。

 狩人になろうという者は、まず定期的に実施されているギルドでの筆記・実地試験を受ける事となる。

 その試験に合格した者だけが、その後実施される2週間の軍務研修と2週間の狩人の実務研修を受ける事が出来る。

 そして、この合計4週間の研修を修了した者にのみに、許可証が渡されるのだ。

 基本、狩人はこれを持たずに森に入る事は禁じられている。

 無論、例外もあるのだが、それは国が認めた緊急時のみである。


 また依頼人も、必ず市民登録がされていて国の身元調査を受けた者にのみ許可証が発行される。

 許可証は狩人と依頼人では全くの別物であり、誰でも一目でそれと分かるように出来ている。

 報酬の支払いや物品の授受に関するトラブルを未然に防ぐための措置でもあるので、ギルドを介さない依頼はほぼ無いし、それを受ける狩人は居ない。

 ただ、絶対にそれが無いとは言い切れないのが難しいところではあるが。


 対して、他国の冒険者組合にこの様な規律は無い。

 今日から冒険者となりますと、冒険者組合で宣言して登録すれば終わりである。

 身分証がわりの登録証も発行されるのだが、偽造は容易であるし、依頼人には何の制限も無いという杜撰さだ。

 また、冒険者組合を管理しているのは、国や公的な機関では無い。

 なので、冒険者組合という組織には、ギルドほどの信用は無い。

 なので、どちらかというと、荒くれ者のたまり場と言った様相を呈している。


 さて、森は資源の宝庫でもあるが、非常に危険な場所でもある。

 狩人として一定の依頼を熟せれば、安定して高い収入を得る事が出来るが、危険ゆえに命を落とす者も多い。

 それゆえ、森に入る狩人には厳しい条件が付いているのだ。

 これに違反すれば厳罰は免れない。

 また、狩人として登録し活動している間、緊急時や戦時にはギルドや国の求めに応じて、徴集され軍務に服す義務も負っているが、当然ではあるがその場合も報奨金は支払われる。

 こうする事で国は衛士を常時多数を雇用しなくとも良くなる。

 つまりは、財政状況が良くなると言う事で、浮いた予算を多くの福利厚生に回すというのが、この国の運営方法である。 


 ◇


 第3支部のある村に到着したエルは、村の入り口に立つ衛士に挨拶をする。

『おはよう~』

「ああ、エルちゃん。今日はギルドに用事かい?」

 気の良さそうな衛士のおじさんは、顔見知りのエルを話しかけた。

『うん! ヴィーに頼まれたの~!』

 その問いに、エルは満面の笑顔で答える。

「そうかいそうかい。気をつけて行くんだよ」

『は~い!』

 可愛らしい妖精の少女と会話した衛士も、また満面の笑みであった。


 普通であれば、少し大きめの村々への出入りには身分証の提示などが必要だが、エルはフリーパスだ。

 なぜならこの国で市民登録されている妖精はエルたった1人であり、それゆえ身分を確認する必要は無いと、国王から御触れが出ているからである。

 何気に特別待遇のエルなのだが、エルだからという訳では無く、妖精だからこその待遇なのだ。

 この国では妖精は保護対象であり、故意に負傷させたり捕獲する様な行為は重犯罪である。

 だからこその特別待遇であり、エルが可愛いからと甘い顔をしている訳では無い…はずだ。


 村に入ったエルは、村中央の目抜き通りを、あっちへふらふら、こっちへふらふらと飛ぶ。

「あらエルちゃん! おつかいかい?」

『そう~なの~! おつかい~!』

「えらいね~。帰りに寄りなよ。お菓子があるよ~!」

『わ~い! ありがとう! 帰りによるね~!』

 すると、店先のおばちゃんに声を掛けられたり、

「今日は可愛い服着てるじゃないか、うちでお茶でも飲んで行かんか?」

『ごめ~ん、ギルドにおつかい行く途中なの~。またあとで~』

 通りすがりのお爺ちゃんに声を掛けられたりする。

 フラフラと飛んでいるだけなのだが、これが結構忙しかったりする。

 ならば、真っすぐギルドに飛んで行けば良さそうなものなのだが、『忙しい忙しい』と愚痴りながらも、そうはしないエルなのだった。


 エルの目的地であるギルド東3番支部は、この目抜き通りの突き当りの建物なので、村に入った時にはすでに見えているのだが、この様子では到着まではもう少し時間がかかりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る