第3話  祭壇

  まるで鳥の巣の様な自分の寝床に落ち着いたエルを確認したヴィーは、風呂で体を清め着換えを済ませて、ゆっくりとソファーで天上を見上げて瞼を閉じた。

 別に眠ったわけでは無く、その時が来るのを待っていただである。

 今夜は満月であり、満月の夜には決まり事がある。

 それは、故郷からの定期連絡。

 

 やがて、ヴィーは時が来たのを感じたのか、ゆっくりと目を開いた。

 そして、寝入ったエルを起こさない様、そっと家を後にする。

 向かった先は、家のすぐ裏手にある池。

 その畔には、膝丈程度の高さの平たい石を組んで作られた小さな祭壇があった。

 その前に両膝をついたヴィーは、祭壇に設えてある小さな木製の両開きの扉を開いて中を覗き込んだ。

 祭壇の中には、角の無い丸みを帯びた石が丁寧に据えられていた。

 決して気のせいでは無く、その石は仄かに光っていた。


「母さん聞こえる?」

 ヴィーがその石に語り掛けると、先程の石の光が少しだけ増した。

『聞こえていますよ、ヴィー。』

 そして、優しく柔らかい女性の声音が石から返って来た。

 ヴィーは特段慌てる様子もなく続けて語りかける。

「ボスは倒したよ。安心して 」

『ご苦労様でした、ヴィー。あなたが居なくて母さん寂しいわ。たまには顔を見せに戻ってきて 』

 女性の声が、段々と拗ねた様な調子になってきた事に苦笑を浮かべたヴィーは、

「まだ森が少しざわついてる。様子をみて落ち着いたら、エルと一緒に近いうちに一度戻るよ 」

『待ってるわよ。早くね 』

 その女性の言葉を最後に、石の光は徐々に収まり、また静かな夜が戻ってきた。

 ヴィーはズボンに付いた土汚れを軽く払うと、小さくあくびをしながら家の中へと戻っていった。

 その様子を見ていたのは、物言わぬ満月だけであった。


 

 ヴィーの朝は早い。

 まだ夜の明けきらぬ前、軽く身支度を整えたヴィーは、弓一式と鉈を身に着けると、村の周囲を軽く点検して周る。

 村の周囲に異常が無い事を確認すると、その後は村の周囲の森にも異常がないかを確かめる。

 ヴィーがこの村に来て1年程になるが、その頃からずっと続けている事で、もはや習慣と言っても良いぐらいである。 


 村や森の点検を済ませると、家に戻って朝食の準備をするため装備一式を外す。

 この頃になって、やっとエルは寝床から寝ぼけ眼をこすりつつ這い出てくる。

 そしてヴィーの元に飛んできて、定位置であるヴィーの肩にベチャっと貼り付き、

『ヴィー…おふぁよう…』

「ああ、おはよう」 

 寝ぼけ眼の可愛い妖精に苦笑しつつ、そう挨拶をする。


 気を抜くと肩からズリズリと滑り落ちてしまう、エルの位置を直す。

 そして、手早く朝食の準備を済ませたヴィーが、朝食をテーブルに並べ終わった頃、その香りにつられた訳でもないだろうが、やっとエルの目がぱっちりとする。

 

 朝食を食べ終わり、ヴィーが食器を片付けていると、

『今日は、何するの?』

と、ヴィーの後姿を見ながら、テーブルの端に腰をかけて足をブラブラさせていたエルが聞いてくる。

「昨日、ボスは倒したけど…まだ少し森がざわついてる。どうも人族がうろうろしてる感じがする。野盗かな? ちょっと調べてみるよ 」

『エルは~?』

「ギルドに昨日の報告をしに飛んでくれる?」

『了解しました、マスター!』

 ヴィーにエルがちょっとおどけて返事をすると、ふたりは小さく笑いあった。


「それじゃ行ってくるね」

 何時もの装備を身に着けたヴィーが、軽く手を振りながら森へと向かう。

 ヴィーが出入りする扉は、エルにとってはとても大きく重い物なので、扉の上部にエル専用の小さな出入り口があるのだが、そこからヴィーを見送ったエルは、胸の前で小さな両手を握しめながら、

『私も用意しよっと 』

 そう呟いて、いえの中に引っ込んだ。

 

 居間の壁には据え付けの棚が何段かあり、エル専用の棚もいくつかある。

 その中の1つにはカーテンのかかっており、それをめくると綺麗に畳まれた小さな服が乱雑に置かれていた。

 ん~とかあ~とかブツブツ言いながら、それらの服を身に当てて一刻ほど悩んだエルは、やがて納得したのか本日の衣装に着替え始めた。


 なお、昨夜風呂から出て今まで着ていたのは、頭からすっぽり被る事が出来るイチゴ柄の寝間着である。

 ヴィーがイチゴ柄の大きな手ぬぐいを買ってきて作ってくれたもので、3着ほどあるが大のお気に入りである。

 もっともあまり器用でないヴィーお手製なので、縫い目が若干不揃いではあるが。

 

 今日のエルのお出かけ服は、淡い桜色のワンピース。

 次いで、黄色い小さな花の飾りの付いた桜色のクロッシュハットを、深い紺色のエルの頭の上にキュっと被ると、小さな姿見でその様子を髪と同じ紺色の瞳でしっかりとチェックする。

『よしっ!』

 どうやら納得できたようで、エルは虹色の羽をゆっくりと羽ばたかせ、扉に付いているエル専用の出入り口から、空に舞い上がった。

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