第3話 新宿青空横丁
下田健と野原すみれは、ゼミが始まるまで、まだ時間があったので教師の研究室に行った。
「いやに早いね」
教師の仲村は、二人を座るように勧めて言った。
「先生大変ですよ」
「何が?」
「先生、原宿で殺人事件ですよ」
「まだ死んではいないよ」
「え、先生、もう知っているんですか? さすがに早い」
「警視庁に知り合いがいるのさ」
「そうだったんですか、すみれが、いや、すみれさんが、報告しようっていうもんですから」
「下田健は照れ笑いしながら答えた」
「ところで、下田。君は、最近探偵事務所に出入りしているそうだね。何を企んでいるんだ?」
「ええー! 先生、もうバレてるんですか?」
「甘く見るなよ。僕には警察庁の諜報部員がついている」
「あなた、悪事を白状しなさい。先生はお見通しよ」
「ええー、怖いなー。諜報部員ってすみれ先輩ですか?」
「まあ、そんなところだ」
3人は笑った。次の時限のチャイムが鳴った。
諜報部員というのはまんざら嘘ではなく、仲村輝彦の教え子で警視庁へ就職したものがおり、出世して、今は捜査一課長をしている。時々呼び出されるのだが、愚痴を聞いてやっている。
「先生、もうやってられませんよ。未解決事件が山ほどあるというのに、また事件ですよ。政治絡みの事件ならまだしも刑事魂の血が騒ぐってもんですが、竹下通りの、アイドル通りの事件ときちゃ、子どもじみてやる気がおきません」
一課長はまくし立てた。そういうわけで、仲村は新宿の赤提灯に行く羽目になった。
新宿は青空横丁。仲村輝彦は学生時代、この横丁の近くの居酒屋でアルバイトをしていた。若いころのことを思い出すと、仕事の疲れが癒されるので、たまに料理とアルコールをたしなみにやってくる。警視庁の山座一課長も、この横丁の雰囲気が気に入っている。歌舞伎町には距離があるが、情報が入りやすい。聞き耳を立てているといろんな情報が入る。江戸時代の岡っ引きではないが、「大目に見る」かわりに情報提供を求めるといった裏技は、大座一課長の得意技だ。
事件の事情聴取で参考人を呼び出すこともある。この事情聴取に、仲村教授を「刑事」として同席してもらい、意見を聞くこともある。ある意味、閉鎖的な警察の世界では、事件解明の手掛かりがつかめないということもある。アイドルの世界に関連した事件とあっては、中年おじさんの刑事たちにはまるで分らない。
「結局、銃で撃たれた女性は、幸運にも一命を取り留めました。しかし絶対安静です。持ち物から自宅に連絡がつき、家族の身元確認ができました。21歳の女性で、近くのプロダクションに所属しています。現場には一人で来ていたようです。独身で同居の母親には、原宿へ行くと言って、午前10頃家を出たようです。腕につけていたブレスレットは、殺害現場付近のショップに見せたところ、その店で扱っているものだそうです。銃弾は今鑑識に回して、銃の特定を急いでいますが、前の総理大臣を殺害したものと同じタイプの手作りの散弾銃ではないかと踏んでいます」
山座一課長は、仲村に取り敢えずわかったことを教えた。明らかに協力依頼をしている。小声で喋っているのは、そういう意図があるからだ。
「被害女性は名前は何と言いますか?」
仲村は聞いた。
「YUARI」「本名は湯沢有恵です。出身大学は東京の西教大学」
「え!」
と言った仲村の眼が輝いた。
「活動はブリリアント・スターズというアイドルグループで、これは任意のグループのようです。ブレスレットに、刻んであります。どうも芸能事務所のファンクラブ向けに、芸能事務所が作っているもので、タレントの予備軍みたいなものでしょう」
山座一課長は、部下からの報告を教えた。
「年齢から言うと、うちの大学の4年生ですね。明日にでも担当ゼミの教授に聞いてみましょう」
山座はにっこりと笑った。
ちょうどその時、居酒屋の引き戸が開き、若者が二人入ってきた。
「ああ、先生、遅くなってすみません」
下田健が入ってきて頭を下げた。もう一人の若者は、下田よりも年上のようだが、下田の後ろに隠れるように入ってきた。
「山座さん、こちらはうちの学生の下田君です・・・えーと、もう一人は・・・」
自己紹介を求めた。
「桜川解久探偵事務所を経営しています。仲村先生にはお世話になっています」
と如才なく答えた。
この風変わりな若者に、山座は瞬間身構えた。芸能人が入ってきたのかと思ったくらい、異様な風采を放っていた。二人を山座に紹介して、少し世間話をしてから、仲村は遠回しに事件のことに触れた。下田健は、事件の概要を仲村の研究室で聞いていたので、私立探偵の桜川には伝えてある。桜川はすすめられたビールを口にしながら、真剣に聞いている。下田健は少し不満げにコーラを飲んでいる。
(続く)
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