第2話 西教大学のキャンパス

 この小説はフィクションであり、登場人物および場所、地名、固有名詞などが実在するものであっても、何ら関係がないことをお断りします。また、原則「話」ごとに完結して次の「話」に進みますが、随時、加筆修正がありますので、この点もご承知おきください。

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 竹下通りの、わき道にそれた路地、エリーゼの小径に位置するアクセサリー店の前に、パトカーが到着した。続いて、救急車が狭い道をふさぐように停車し、路上にうずくまるように倒れている若い女性に近づいた。白いシースルーのロングドレスの上半身が赤く染まっている。救急隊員は、脈があることを期待して、女性の腕をとった。右手にはブレスレットが握りしめられていた。脈はわずかながらあった。ADでの心肺蘇生は必要なかった。

 女性の白い横顔は苦痛に歪んでいた。止血の応急処置をしたうえで、救急車は女性を乗せて救急病院へ向かった。群衆が救急車を心配そうに見送った。一足遅れて、警視庁の捜査1課刑事数名が到着した。所轄の交番の警官たちが、刑事たちに敬礼をした。鑑識課員も到着し、あたりは騒然となった。救急病院では緊急オペが始まった。

 山座刑事が陣頭指揮をとって非常線を張った。部下の刑事数名が、通行人、正確には野次馬だが、聞き込みを行った。防犯カメラのリレー捜査も手配した。犯人は犯行後、原宿駅へ向かった可能性がある。

 第一発見者は、アクセサリー店の店主で、ほかに通行人の数名が、女性が倒れるところを目撃していた。アクセサリー店には、数名が座れる商談用のコーナーがあり、店主と路上の目撃者が椅子に座った。店主は君浦堂後といった。壁には、芸能人やスポーツ選手のサイン付き写真が、べたべたと貼ってある。午後2時30分、女性が倒れてから20分が経過していた。

「申し訳ございませんが、あとでまたお話を聞くことがあるかもしれません。連絡先の電話番号かメールアドレスをお教えいただけますでしょうか? 捜査以外に使用することはございません」

 丁寧な口調で、山座刑事は警察手帳を見せ、自分が警視庁捜査一課長である旨を告げて、目撃者に言った。目撃者数名は、店長を含めてスマホの電話番号を山座刑事に見せた。科野百合という女性の捜査一課員が、電話番号と名前を手帳に控えた。

 「私は、ちょうど店頭でお客様のお相手をしておりまして、突然、道路であのお方がお倒れになり、びっくりして駆け寄ったのです。うつぶせで倒れておりまして、赤い血が胸とお腹あたりを染めていました。大変だと思い、携帯を持っていたので110番と119番に連絡した次第です」

 かなり高齢の店主は、落ち着いてはいるが、興奮冷めやらぬ表情で答えた。不審者は目撃しませんでしたか? 挙動不審なものです。

「いいえ、とくには」

と君浦堂後は答えた。

「ご存知の方ですか?」

「いえ、あの」

 曖昧な返事が返った。

「銃声のような音はしませんでしたか」

 山座一課長が、全員に聞いた。女性を救急病院へ運んだ救急隊員から、

「拳銃で撃たれたようです」

と聞いていた一課長は、犯行は拳銃だと確信していた。

 店主は首を横に振ったが、かわりに若い男性が証言した。髪の毛をグレーに染めている。

「鈍い衝撃音が聞こえました。雑踏の中なので見たわけではありませんが」

 と恐る恐る答えた。他の数名も首を縦に振った。

「消音銃だな。白昼堂々大胆な手口だ」

 一課長の山座順次はつぶやいた。と同時に、この事件の根深さを直感した。

「鈍い音はどこからでしょうか?」

 山座はすかさず聞いた。

「狭い路地で音が反射したのでしょうか、方角はわからないです。この路地全体に共鳴したような感じです。この前、総理大臣が大阪の漁港で模造ガンのようなもので狙われたじゃないですか。テレビで見たのですが、漁協の建物全体に響いていたような、あんな感じでした。反響音というか」

 別の女性が答えた。この現場の路地は、二階建ての建物や店舗がひしめき合っていた。目撃者の答えはなるほどと思われた。

 「このブレスレットは、お店のものですか?」

 倒れた女性が右手に握っていたブレスレットを、上司山座の指示で、白いハンカチに包んだ女性刑事科野は、このブレスレットを店主に見せて聞いた。あとで指紋の採取があるので、白い布にくるまれた金色の華奢なブレスレットを見せた。

 「はい、うちで扱っている商品でございます」

 店主は答えた。山座一課長は、この店主が昔テレビなどで活躍していたタレントだということを知っていた。しかし、そのことには、この場では触れなかった。警戒されても困る。山座一課長は、このアクセサリー店の店頭付近をロープで封鎖して、鑑識課に現場検証をするように命じた。すでに、どこから聞きつけてきたか、報道各社、メディア関係者が大勢集まってきた。それぞれ、ハイエナみたいに、独自に聞き込みをやっている。メディア関係には「事情通」が多い。


 渋谷駅では、駅周辺の懸案の再開発事業が着々と進み、東京の新しい求心地域への発展を期待する声が、日に日に高まっている。計画されているリニア中央新幹線の始発駅、品川にも近い。すでに、2つのプロジェクトが完成し、7つの事業も進行している。渋谷スクランブルスクエア、渋谷フクラス(2019年11月開業済)、渋谷駅桜丘口地区( 2023年度竣工予定)、渋谷二丁目17地区(2024年度竣工・開業予定)、渋谷ソラスタ(2019年3月竣工)、渋谷ストリーム(2018年9月開業済)がそれだ。一連の開発事業の受注に関連して、激しい競争が行われたが、オリンピックやコロナ禍での雑音の中で、あまり表ざたにはなっていない。原宿・竹下通りで起きた血なまぐさい事件と、大手ゼネコンによる再開発事業とが関連していようなど、誰も知る由もない。


 昔から青山通り、道玄坂で東京の商業空間をリードしてきた地域だけに、そこへ再開発の効果が加われば、周辺に位置する大学としては、学生の獲得の好機になるはずで、西教大学とても、大学当局の期待感は大きくなってきた。進学先の大学と遊びとは密接に関連している。今から20年ほど前に、この地に開学した西教大学も後進の大学につきものの低評価(BF)を克服し、一流大学とまではいかないにしても、相応の地位を確実にする好機であるに違いはなかった。

 この大学は、もともとエンタメ系の専門学校が大学に昇格したもので、学長がかつて一世を風靡したアクションスターであり、今も二足の草鞋とはいえ、映画と大学教育を兼ねた有名芸能人であった。しかし、新参者の経営する大学は、好立地条件にもかかわらず、定員割れ寸前、今後失地挽回が望まれる瀬戸際にあった。 

 野原すみれも、他の仲間と同じように、アイドルスターを目指して西教大学のエンタテーメント・ビジネス学部に入学したのだが、 大学3年にもなると、「現実と理想の狭間」がわかるようになり、アイドルスターの 目標が 、しだいに遠のいて行くのを感じ始めていた。オーディションに応募はしてみるのだが、いつも書類選考で落とされる。


「すみれ、何やっているんだ?」

 同じゼミの男子学生が、校舎の裏にある池のほとりのベンチに腰かけているすみれの背中に呼び掛けた。

「原宿で殺人事件があったみたい」

 すみれは振り返りゼミ生に憂鬱そうに言った。

「なんだ、またミステリーに凝ってるのか?」

 下田健は、野原すみれをからかうように言った。すみれは、最近将来の目標を失いかけていて、推理小説に凝っていた。

「何だとは何よ? それが先輩に言う言葉? 最近の若い者は、これだからしょうがない。すみれさんと言いなさい!」

と、すみれは言い返した。

「それって、先生の口癖だろ。すみれさんも更けたな」

 下田健は、先輩に言い返した。

「竹下通りで、殺人事件があったみたい。いやだわ」

「僕も探偵事務所の先輩から聞いて知ってる。先生に報告しよう」

 下田健は、すみれのスマホの画面を見て言った。下田健もまたミステリー好きだった。

(続く)



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