前のエピソード――精神障害者当事者の恋愛物語り

彼はネカフェ難民だった。　

コロナ禍で仕事を失い、住む場所もなくなった。

彼はネットカフェや漫画喫茶で寝泊まりしながら、日々の食費や入浴料を稼ぐために、バイトや派遣の仕事を探していた。

彼は自分のことを不幸だと思っていた。

彼は自分のことを捨てられた人間だと思っていた。

彼は幼い頃に両親と離ればなれになった。

彼は孤児院で育ち、18歳になると施設を出た。

彼は両親のことを知らなかった。

彼は両親のことを恨んでいた。

ある日、彼は市役所に行った。

ネットカフェにいられなくなったネカフェ難民が公的支援を得る場合、市役所の生活困窮者自立支援制度の窓口や生活保護制度の窓口を訪れることとなるからだ。

彼は自分の状況を話し、支援を申請した。

窓口の担当者は彼に優しく対応した。

「あなたの名前は何ですか？」と聞いた。

「俺は田中健太だ」と答えた。

「田中健太さんですね。ちょっと待ってください」と言って、パソコンを操作した。

すると、担当者の顔色が変わった。

「田中健太さん、あなたは…」と言って、声が震えた。

「何だよ？何か問題でもあるのか？」と尋ねた。

「いえ、問題ではありません。実は…私はあなたの母親です」と言った。

彼は信じられなかった。

目の前にいる女性が自分の母親だというのか。

それはあり得ないことだった。

母親は涙を流しながら話し始めた。

「私はあなたが生まれた時にまだ若くて、父親もいなくて、あなたを育てることができなかった。だから、あなたを孤児院に預けてしまった。でも、ずっとあなたのことを探していた。あなたの名前や生年月日や写真を登録していた。今日、あなたが市役所に来てくれて、私はあなたの情報を見つけてしまった。私は本当に嬉しいです。あなたに会えて本当に嬉しいです」と言った。

彼は母親の言葉に動揺した。母親は自分を捨ててしまった人だ