第9話 田中、ダンジョンボスを見つける

"どういうこと!?"

"邪神がボスじゃないとかマ?"

"え、結局魔物災害起きるの!?"

"怖い!"

"ふざけんな!"

"どうにかなるよね……?"

"シャチケン!"


 まさかの事態にコメント欄も不安の声でいっぱいになる。

 ネロ博士は邪神の存在が魔素の循環を乱し、魔物災害を引き起こしていると言っていた。確かにその情報だけでは邪神がダンジョンボスとは限らない。


 でもまさかランクEXの奴がボスじゃないとは思わないだろ。

 くそ、ボスは一体どこにいるんだ……!?


「……む? なんか揺れてないか?」


 思考を巡らせていると、堂島さんがそう言う。

 いったん思考を止め、辺りに注意を向けてみる。すると確かに僅かだが地面が揺れていた。


 その揺れは段々と強くなっていき、立っているのも難しいほどのものになる。


「なんだこんな時に……地震か?」


 なんてタイミングが悪いんだと思ったが、コメント欄を見て俺はそれが勘違いだと知る。


"なにが起きてるの?"

"こっちは揺れてないけど"

"東京だけ?"

"いや都内も揺れてないよ"

"え"

"じゃあもしかしてダンジョンが揺れてるってこと!?"


 どうやら地上は揺れていないらしい。

 ということはこのダンジョンが揺れているということ。今も揺れは強くなっていて、壁にヒビが入り、天井が崩れ始めている。

 このままだと生き埋めになってしまいそうだ。


「ダンジョンコアを破壊したわけじゃないのにどうなってるんだ?」

「……おそらく魔力の循環が乱れたことが原因だろう」


 そう声を発したのはネロ博士だった。

 どうやら今の状況を理解しているらしい。俺たちは博士の話を聞く。


「そこの邪神、クトゥルフは強力な生き物、それを受け入れるにはダンジョンの容量キャパシティが足りなかったんだろう。そのせいで異常を起こし、魔力の循環が乱れた。そして田中殿と邪神が戦ったことにより、更にこのダンジョンを循環する魔力が乱れ……ついに決壊した」

「決壊したって……それでは魔物災害はどうなるんですか? ダンジョンが壊れればそれも起きなくなるんですか?」


 凛がすがるような目をして尋ねる。

 しかし博士は首を横に振りその問いを否定する。


「いや、おそらくはそうならないだろう。ダンジョン自体が崩れても、コアが無事ならダンジョンは壊れてことにはならない。このままだとダンジョンが崩れても魔物災害は起きてしまう」


 博士の口から語られたのは最悪の事態。

 もしダンジョンが崩れたらダンジョンコアを見つけ出すのは困難になるだろう。ボスと共に海に逃げ出してしまったら、見つけるのは不可能と言っていい。


「そんな……!」


 博士の言葉を聞いた凛は口を手で覆いながらそう言葉を漏らす。

 彼女は博士に近づくと、襟をつかんで詰め寄る。


「なにか策はないんですか!? どうすれば魔物災害を防げるんですか!!」

「ほ、方法があるとすればダンジョンボスを見つけるしかない。普通なら最下層に鎮座しているそれが見つからないのは、おそらくボスがコアを持ったまま隠れているからだろう……」


 なるほど、それならコアが見つからないことに説明がつく。

 普通ダンジョンコアは最下層の中心部に目立つように置かれている。そうでない場合はダンジョンボスが持っていることがほとんどだ。


 今目の前にコアがないということは、ダンジョンボスが持っていると考えるべき。

 そしてそのボスは侵入者である俺たちから隠れているというわけだ。


"え、隠れてんの?"

"卑怯なボスもいるんだな"

"でもまずくない? ここ結構広いけど"

"足元の水、かなり深いからな。この中に隠れてたら見つからないぞ"

"早くしないとダンジョン崩れるぞ! 逃げるの優先したほうがいいだろ!"

"いや逃げたら魔物災害起きるんだぞ!? コアを破壊してもらわなきゃ困る!"

"勝手なこと言うなよ"

"なんでもいいからなんとかしてくれ!"


 コメント欄は阿鼻叫喚の騒ぎになっている。

 無理もない。もしかしたら自分がモンスターに襲われてしまう可能性もあるんだから。俺だって自分が覚醒者じゃなかったらビビり散らかしているだろう。


 だけどなんの因果か、俺はこの事態をどうにかする力を手に入れてしまった。

 ビビっている暇はない、この状況をどうにかするとしよう。


「堂島さんは博士と邪神を連れて地上へ避難してください。コアは俺がどうにかします」

「それでよいのか? わしが残ってもいいんじゃぞ」

「堂島さんは必要な人です。少しでも助かる確率が高い方がいい。あなたがいなくなったら誰が大臣をやるんですか」

「ふむう……それを言われると弱いのう」


 魔物対策省を引っ張れるのはこの人くらいだ。

 後進を育てようとしてはいるみたいだけど、まだ大臣を任せられる人は魔対省にいない。ならば少しでも地上に戻れる確率が高い役目をやってもらった方がいい。


「分かった。こやつらはわしが責任を持って地上まで送り届けよう。その代わり田中も絶対に戻ってこい。お主の代わりだっておらんのだからな」

「……分かりました。かならず戻ります」


社畜の時は「お前の代わりなんていくらでもいる」と須田によく言われたから、代わりがいないと言われると胸が熱くなるな。

 よし、役割分担も決まったし早速ダンジョンボスを探して倒すとしよう。俺は水辺に行ってしゃがみ込む。


"ん? なにしてんだ?"

"どうやって探すんだろ"

"てか本当にボスいるの?"

"逃げたほうがいいって!"

"田中ァ! ちゃんと生きて帰ってこいよォ!"


 揺れる水辺を見ながら集中する。

 俺はゆっくりと右手を振り上げると、勢いよくそれを水面に叩きつける。


 スパァン!! という破裂音が響き、水面に波紋が広がる。

 橘流柔術『波震勁はしんけい』。極限まで脱力した状態から放たれる掌打によって、対象に衝撃を打ち込む技だ。

 この技は対象が柔らかいほど深く、強く広がり響く。水面であればその効果は絶大。これくらいの水量なら全域まで衝撃が響くだろう。


"!?"

"なに今の!?"

"えぐい音鳴って草"

"爆発音したけどなに!?"

"人が鳴らせる音じゃねえ"

"これも橘流なの!?"

"やべえ奴にやべえ技覚えさすな"

"あ、なにか動いた!"

"マジで?"


 衝撃が水中に伝わると、離れたところの水面がパシャリと跳ねる。

 そちらに目を向けるとそこには透明な鱗を持った『魚』が跳ねていた。大きさは1メートル程度。美しい魚だ。


 そちらに迷宮解析機アナライザーを向けると、見事反応する。

 間違いない、あいつがダンジョンコアを持っている。


「あれは水晶魚クリスタルフィッシュ……あいつがここのボスだったのか。どおりで見つからないはずだ」


 水晶魚クリスタルフィッシュはSランクの魚モンスターだ。

 Sランクではあるが戦闘能力はそれほど高くなく、正面から戦えばBランク程度の強さしかない。しかし体が水のように透き通っているため非常に見つけづらく、おまけに物凄い速さで泳いで逃げるため討伐することは困難なのだ。

 そうだな、ゲームでいうと金属のスライム的な感じだ。素材は非常に高値で取引されるから狙う人もいるけど、滅多なことでは討伐できない。


 完全に見失う前に倒すか……と思っていると、


「あれは私が倒します。先生も地上に向かってください」


 そう言って凛が水の中に飛び込んでしまう。

 そして物凄い速さで潜水し水晶魚クリスタルフィッシュを追い始める。


「り、凛!?」

「あやつ……!!」


 凛の突然の行動に俺と堂島さんは驚く。

 凛は魔物災害を止めるためであれば、なんでもする覚悟があった。だから俺は凛が無茶をしないように水晶魚クリスタルフィッシュの討伐を買って出たのだが、まさかこんな強硬策に出るなんて。


「俺は凛を追います。堂島さんは予定通り博士と邪神と一緒に脱出を」

「……任せてよいのだな?」

「はい」

「分かった。頼んだぞ、絢川も世界も」

「ええ、どっちも救ってきますよ」


 俺は堂島さんにそう言って、水の中に飛び込む。

 さっさと業務終了おわらせて、みんなで帰るとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る