第12話 田中、推測する
「意外と中は普通だな……」
俺は辺りを見ながら呟く。
足元は砂だが、それ以外は岩肌だ。地上にあるダンジョンとなんら変わりはない。
"なんか普通だな"
"てか息できんの?w"
"ここが海底なの怖すぎる。俺絶対行けないわ"
"まあ(物理的に)行けないから大丈夫だろ"
"急にいつもの配信みたいになったな笑"
"帰りも泳がなきゃいけないの嫌すぎるな"
呼吸をしてみたが特に息苦しさも感じない、海中なのに空気も普通にあるみたいだ。明るさも問題なく遠くまで視認できる。
つまり人間が行動するに全く問題ない環境ということ、ここまで快適だと招かれているようにすら感じるな。
「り?」
と、そのようなことを考えているとスーツの胸ポケットからリリが顔を出す。
ここはどこだろうときょろきょろ目を動かすリリの頭を指先でなでると、リリは「り~♪」と嬉しそうに鳴く。
"りりちゃんいた!"
"待ってた"
"本日のスクショタイム"
"いあ! いあ!(吐き気を催す文字列)"
"邪神様も喜んではる"
"ぷにぷにりりたそ"
"こっち向いて!"
"お目々がキュートだね!(英語)"
"今度出るりりちゃんのガチャガチャ10000個買うわ"
"足立ィ! もっとりりちゃんのグッズ出して?(懇願)"
"増えてきて入るけどまだまだ足りないよな"
"こんなんいくらあってもいいですからね"
リリが出るとコメントの流れが一段と早くなる。相変わらず凄い人気だ。
いつも通りリリを連れてきているが、今回は基本的にポケットの中でおとなしくしてもらうことにした。
前回の代々木世界樹ダンジョンの時は俺一人だったから戦闘に参加してもらっても良かったが、今回は堂島さんと凛がいる。
リリの酸はかなり強力なので当たってしまうと大怪我をする可能性がある。特訓のおかげで狙いも正確になってきてはいるけど、危ない橋を渡る必要はないだろう。
まあ堂島さんは当たっても大丈夫かもしれないけど。
「おい田中! 今回はワシの負けだが、次は負けんぞ! そもそもあの魚さえいなければだな」
「はいはい分かりましたよ。俺は大人なのでそういうことにしておきます」
「なんじゃと言わせておけば!」
"大臣激おこで草"
"どっちも
"この人たち危険なダンジョンでなにしてんの……"
"緊張感ないなあw"
"その分安心感はあるw"
"はよ進め"
ムキになる堂島さんをあしらって視線を外すと、ダンジョンの入口の水際を調べている凛が目に入る。いったいなにをしているんだろうか。
「どうしたんだ凛?」
「いえ、この砂になにか跡のようなものがありまして」
見れば確かになにか大きくて平らなものが砂の上を移動している跡のようなものがある。その跡は水の中にと続いている。大きな生き物が陸地と水中を移動したみたいだ。
「モンスター外に出たのか? 魔物災害が起きているようには見えないが」
モンスターが外に出る災害、魔物災害が起きたダンジョンからは独特の魔素が発せられる。皇居直下ダンジョンに潜ったことのある俺は当然それを感じたことがある。
だがこのダンジョンからはその独特の嫌な魔素を感じない。
「ふむ。もしかしたら一度外へ出ようと試みて、断念したのかもしれんな」
いつの間にか近くに来ていた堂島さんが、そう推測する。確かにそう考えれば自然だ。
だが……その推測が合っていると、まずいことになる。
「だとするとまずくないですか? モンスターが外に出たがるのは魔物災害の前兆です」
「うむ。早めに動いて正解だったかもしれんな」
何万人もの被害者を生んだ大災害『皇居大魔災』。
あれが起きる前も同じ現象が起きていたはずだ。もしこのダンジョンでも魔物災害が起きてしまえば、海の中に何百体、下手したらもっと大勢のモンスターが解き放たれてしまう。
そうなってしまったら、全てのモンスターを討伐するのは不可能と言っていいだろう。
"まじ?"
"まずいでしょ"
"東京危険なダンジョン多すぎる"
"俺被災者だけど、もうあんな思いはしたくないよ……"
"頼むからなんとかしてくれシャチケン!"
"本当になんとかしてくださいお願いします"
"マジでこの国の未来が田中にかかってる"
コメントにも不安そうなものがいくつも混ざってくる。
無理もない、あの災害はあまりにも凄惨だった。なんとか復興できたのは奇跡だと言っていいだろう。
「それじゃあ急いで奥に……ん?」
ふと凛の方を見てみると、彼女は俯きながら固まっていた。
顔は白くなっていて、体は小刻みに震えている。
「大丈夫か、凛」
「は、はい……大丈夫、です」
凛はそう答えるが、明らかに大丈夫ではない。
きっと魔物災害と聞いて、過去のことを思い出してしまったんだろう。凛は皇居大魔災で両親を失った魔災孤児だ。あれの恐ろしさは誰よりも知っている。
もう一度あれが起きたらと思うと怖くて仕方がないだろう。
「凛、無理しなくていい。引き返してもいいんだぞ」
「いえ、本当に……大丈夫です。もし本当に魔物災害が起きるのであれば、逃げ出すわけには行きません。私はそれを二度と起さないために
凛は俺の目をまっすぐ見ると、力強くそう言う。
こうなったらなにを言っても帰らないだろう。どうやら折れる他ないみたいだ。
「分かった。だけど本当に無理そうだったら気絶させてでも帰すからな」
「はい、ありがとうございます……先生」
少し顔色が良くなってきた凛とともに、俺は堂島さんのもとに行く。すると、
「おう田中、どうやら早速お迎えが来たようじゃぞ」
「え?」
堂島さんに促されダンジョンの奥に続く道へ目を向けると、そこにはこちらを睨みつけてくる『魚人』の姿があった。数は約二十体ほど、みなこちらを見て牙を剥いている。
それらはダゴ助とは違い、異質な感じはしない。どうやら普通の魚人みたいだ。
「モンスターなら遠慮なく斬れる。やるとしましょうか」
俺たちはそれぞれの武器を構えると、魚人の群れに突っ込むのだった。
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