第10話 田中、深海を目指す

 ざぽん、と俺たちは海の中に潜る。

 少しだけ冷たいが、まあ大丈夫なレベルだ。だが深く潜れば潜るほど寒くなるだろうな。


 ちなみに俺たちが脱いだ服は、俺のビジネスバッグの中に収納している。このバッグは防水性も完備しているのだ。少し深海に行った程度では浸水しない。


 ……そういえばわざわざ港から潜らなくても、ダンジョンの真上まで船で移動した方がよくなかったか? 堂島さんに乗せられて俺も飛び込んでしまった。

 まあ目的地はそこまで遠くないからかかる時間はそれほど変わらないと思うが。


 などと考えていると、先に潜った堂島さんが俺の方を振り返って話しかけてくる。


ばがが田中ぼうぼうぶぼぼ競争するぞ!」

ばびぶべべっべんべぶばなに言ってるんですかばぼびばばいんべぶぼ遊びじゃないんですよ


"なに喋ってるのかわからんw"

"なんでこいつら会話できるの?"

"A.シャチケンと大臣だから"

"イルカかよ"

"ばべぼばば"

"人間やめてるなあ"

"魔対省には水中でも会話できる装置があるはずだけどいらないなw"

"開発者涙目"


 後ろを見てみると、ドローンと凛がしっかり着いてきているのが目に入る。

 凛は俺の横に来ると、水中なのによく聞こえる声で話しかけてくる。


「速度を上げていただいて大丈夫です。先生の後にちゃんと着いていきます」

「……ぼうばそうかばばった分かった


"ん? 凛ちゃんの声はよく聞こえるな"

"ほんまや"

"口に咥えてる装置のおかげじゃない?"

"あー、それかもな"

"呼吸ができるだけじゃなくて、会話もできるんだ"

"てかなんで凛ちゃんも普通に聞き取れてるの?w"

"愛だよ愛"


 凛からの許可が取れたし、堂島さんのわがままに付き合ってもいいかもしれない。

 早くダンジョンに着くにこしたことはないからな。


ばばびばびば分かりました、ぼべばあぼうぼうびばぶば《競争しますか》」

ぼぶぶばよしきた!」


 堂島さんは嬉しそうにそう言うと、水を思い切り蹴って急加速する。その速さは凄まじく辺りに衝撃波が起こるほどだった。


"えっ!?"

"はっっっっや"

"これもう人間魚雷だろ"

"なにこれ、競争でもしてるの?w"

"あー、凛ちゃんが速度上げていいって言ってたしそうかもな"

"ふんどしのおっさんが爆速で泳ぐの怖すぎるな"

"シャチケンも負けてられないなw"


 さすが堂島さん、ブランクがあるはずなのにかなりの速さだ。元海上自衛隊所属は伊達じゃない。

 だが俺も凛が見ている手前、カッコ悪いところは見せられない。


びぶぼ行くぞ!」


 俺は体を水を蹴った後、足を高速でくねらせて泳ぐ。

 いわゆるドルフィンキックというやつだ。俺の場合は足だけでなく体全体をくねらせることで更に高速になってるから、ドルフィンキックとはもう別物な気もするがな。


"ふぁ!?"

"こっちも速すぎるww"

"正直動きがきm……いやなんでもない"

"あかんシュール過ぎる"

"海パン刑事がドルフィンキックしてる配信が世界同接一位ってマジ?"

"イルカが見たらどん引くだろうなw"

"イルカ「キモ……なんでそんな速えんだよ」"

"なにこの……なに?"

"くねくねしたものが高速で海中を泳ぐ様が見れる配信がここだけ!"

"他にあってたまるか"


 こうして思い切り泳ぐのは久しぶりだけど、案外楽しいものだ。泳ぎの腕も思ったほど鈍っていなくて安心した。

 ……っと、段々冷えてきたな。だいぶ水深も深くなってきた。


ぼっぼよっと


 俺は意識して体を魔素で包み込む。

 こうすることで体温の低下と水圧による影響を防ぐ。


 これは特別な行動ではなくて、探索者なら誰もが無意識的にやっていることだ。俺たち覚醒者は肉体強度も上がっているが、それとは別に魔素によって体を保護コーティングしている。

 そうすることで過酷なダンジョンの環境にも適応しているってわけだ。


 深海ではその保護コーティングをいつもより厚くする必要がある。凛が着ている水着はおそらくその保護コーティングを強化・安定化してくれる効果があるんだと思う。

 凛は俺や堂島さんに比べたら魔素量が少ないが、あれがあるなら大丈夫だろう。


 などと考えていると先行していた堂島さんの背が見える。白いふんどしがひらひらしているので嫌でも目に付く。

 ……ん? 堂島さんが止まってる? いったいどうしたんだろう。


ぼいぶびばびばぼ追いつきましたよぼうびばばん堂島さん

ぼ、びばばお、来たか


 堂島さんはそう言うと、更に深海の方を指差す。

 するとその方向にはこちらに向かってくる大きな魚の姿があった。牙をむき出しにしており、グロテスクな見た目をしている。

 やれやれ、ダンジョンに行く前から忙しいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る