第21話 明けの明星

 魔王ルシフは、天使である。

 今は天使としての力を失い魔法と死霊術で戦う彼だが、天使としての力を取り戻すことができる秘術を編み出した。


 それこそが『神魔逆転』。

 堕天することで手に入れた魔の力を、逆転させることで彼はかつての力を取り戻すことに成功した。


 しかし魔族となった肉体は天使の力に拒否反応を示す。

 熾天使セラフィムモードを使用している間、彼の体は徐々に崩れていってしまう。


 つまりこの状態は数分しか持たず、しかも激痛を伴う。

 しかしルシフは後悔していなかった。今ここで全力を出さずにいつ出すのか。持てる力を全てぶつける覚悟が彼にはあった。


天光失墜ヘブンズフォール


 ルシフが右手を掲げると、その頭上に数え切れないほどの光の粒子が出現する。

 そして右手を下ろすと、眼下にいる田中めがけて、光の粒子が一斉に降り注ぐ。


"ひいっ"

"戦いの規模がヤバすぎる"

"これもう最終戦争ラグナロクだろ"

"宗教画みてえだ……"

"頼む! CGであってくれ!"

"シャチケンいけるか!?"

"残業中だしいけるでしょ"


 自らに降り注ぐ光の雨。

 その一粒一粒が莫大な威力を誇るが、田中はそれを正面から迎え撃つ。


「よっ、はっ」


 田中は素手で・・・それら光の粒を弾いた。

 まるで自分にたかる羽虫を追い払うかのように、手でペシペシと叩いて対処した。もちろん光の粒子はものすごい数なので、田中の腕の動きは常人では捉えられないほど速い。

 まるで早送りしているかのような動きに、視聴者たちは混乱する。


"腕見えなくて草"

"フレームレートの敗北"

"ドローンくん頑張って!"

"ようやっとるほうでしょ"

"早すぎて止まっているようにも見える"

"ギャグ以外でそれ言うことあるんだ……"

"腕の動きもキモいけど、まず光を素手で弾いてるとこつっこまない?"


「これしきでは傷も与えられぬか……ならば!」


 光弾を全て防がれたルシフは、両手に光の剣を出現させると、高速で田中に接近する。

 熾天使の裁剣セラフィムソード。彼の生み出した剣は超高熱を帯びた天使のつるぎ。いかなる鎧をも断ち切るその剣は、彼が生み出せる武器の中でも最上位のものであった。しかし、


「熱いな」


 田中はそれを両手で握って受け止めてしまった。

 片手で一本ずつ、刀身を握っている状態。真剣白刃取りよりずっと高度な技だ。


「えい」


 田中がそう言って両手に力を込めると、熾天使の裁剣セラフィムソードがパリン! と音を立てて砕け散る。

 初めて熾天使の裁剣セラフィムソードが壊れるところを見たルシフは「な……っ!?」と愕然とした表情を浮かべる。


「次はこっちの番だな」


 田中はその隙を突き、拳を構える。

 その恐ろしい殺気にルシフは平静を取り戻し、背中に生えた純白の羽を全面に展開し防御態勢を取る。熾天使の羽は一枚一枚が恐ろしいほどの硬度を誇り、最強の盾として機能するのだ。


 だが……残業中の田中の拳はそれよりも硬かった。

 空間を捻じ曲げながら放たれた彼の正拳は、熾天使の羽を容易く粉砕し勢いを落とさずルシフの腹部に命中する。


「う、おおおおおおっっ!!」


 まるで台風に吹き飛ばされた木片のように地面を転がるルシフ。

 服は破れ、全身に傷を負い、翼は千切れてしまっている彼の姿が凄惨であった。


 熾天使セラフィムモードの副作用で全身に強い痛みも覚えている。しかしそれでもルシフは嬉しそうに笑っていた。その笑みはまるで、久しぶりに親に遊んでもらった子どものように純粋で、無垢なものであった。


「ここまで……とはな。貴様のような強者が存在するとは……。最強を自負していた自分を恥じている」


 口の端から血を流しながら、ルシフは立ち上がる。


「それほどの力を持っていて、虚しくならないのか? こちらの世界に貴様のような強者がそう何人もいるとは思えない」

「……そう感じる時がないわけじゃない。だからこそ」


 田中は腰に差していた剣を握り、構える。


「お前は満足させて送ってやる。全力で来い」


 田中の言葉に、ルシフは目を丸くする。

 そしてその後に「ふふっ」と嬉しそうに笑うと、天使の翼を再構築し、宙に浮かび上がる。


「ではお言葉に甘えて、全力を出させてもらおう。我が最強の秘技にて、貴様を討つ!」


 ルシフが掲げる右手に、光が収束していく。

 その光はみるみる内に光度を増していき、すぐに直視するのも難しくなる。


"うおっ、まぶし"

"なにをやる気!?"

"ドローンくん大丈夫!?"

"やっちゃえシャチケン!"

"眩しすぎて見えねえw"


 光度が上がるに従い、空間内の温度も急激に上昇していく。

 光とは、それそのものがエネルギーの塊である。ルシフの奥義はその光を限界まで圧縮し、放つというシンプルなもの。

 だがその中心温度は100万℃を優に超える。小さな『太陽』と形容しても遜色ない代物だ。その熱に生み出しているルシフ自身の体もジリジリと焼けている。


「分かるだろう? これがこの地球ほしに当たれば、その中心部を破壊するほどのエネルギーを持つことを」


"マジかよ"

"急にヤバすぎて草"

"そんなもの投げるな"

"地球終わったわ"

"やっぱこいつらだけ世界観おかしいよ"


「これが私の最後の技だ……受け取るがいい、タナカァ!」


 ルシフは生み出した光の玉を田中めがけて解放する。

 すると超高温の光線が田中に向かって発射される。これこそ彼の最終奥義『明けの明星』。今まで誰にも使うことがなかった、とっておきの技だ。


 田中はそれをまっすぐに見つめ、握っている剣に力を込める。


「我流剣術、真式――――」


 腰をかがめ、田中は居合の形を取る。

 それは斬業モード中にしか使えない、彼の本当の剣術。


 我流の力強さと、橘流のしなやかさを併せ持つその剣術は、たとえ光であっても逃げることは叶わない。


「瞬閃」


 短く呟き、不可視の剣閃が放たれる。

 生き物が認識することのできる速度を大きく超えたその居合は、空気を、音を、光すらも断ち切る。

 星すらも焼き尽くす光の奔流すら、その剣閃の前には頭を垂れる。綺麗に両断された光の束は霧散し消え去ってしまう。


「素晴ら、しい……」


 目を見開きながら呟くルシフ。

 田中の剣閃は光の奔流を断ち、その先にいるルシフの体をも深く切り裂いていた。

 体に刻み込まれた傷跡から大量の血を流しながらも、ルシフは満足したような笑みを浮かべながら地面に落ちる。


 それを見ながら俺はチン、と剣を鞘に納める。


「お前も強かったが……相手が悪かったな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る