第18話 田中、魔王と戦う

「あの魔王を素手で殴っただと……ありえん。いったいあの人間は何者なのだ……!?」


 田中の攻撃を見たエルフのリリシアは驚いたように呟く。

 魔王ルシフは異世界でも名の知られた傑物。その強さは群を抜いている。


 その強さランクはEXⅢ。

 日本政府はそのクラスの生物を『大陸消滅級』と呼んでいる。

 一つの生物ではなく、巨大な災害と言ったほうが近いほどの強さ。とても一個人で敵う相手ではないはずなのだ。


「大丈夫か嬢ちゃん、少し休んでな」


 加勢すべきかとリリシアが考えていると、側にダゴ助が来てそれを止める。


「安心しろ、兄貴が来たならもう大丈夫だ。俺たちは邪魔にならないように離れていた方がいい」

「し、しかし! 相手はあの魔王だぞ!? 人間が敵うはずがない!」

「ああ、普通の人間ならな」


 ダゴ助は田中のことを見ながら語る。


「あの人は普通じゃねえ。俺はたくさんおっかない邪神を見てきたが……あの人はどの邪神よりも底が知れない。まあ見てろ、嬢ちゃんにもすぐに分かる」

「…………」


 ダゴ助に諭され、リリシアは黙って戦況を見守ることにする。


 一方田中はすたすたと魔王ルシフのもとに近づいていく。


「確かに凄い魔素量だ。魔王を名乗るだけのことはある」

「生意気な口を叩く人間だ」


 ルシフが右手を上げると、田中の周囲に漆黒の剣がいくつも出現する。

 それら全ては禍々しい形をしており、内包する魔素もかなり高かった。


「死ね」


 ルシフが命じると、それらの剣は一斉に田中めがけて射出される。

 魔王の魔力が込められたそれらの剣は、一つ一つがSランクのモンスターをも屠ることができる、高い殺傷能力を持っていた。


 田中はそれらの剣を……全て素手で掴んだ。


「よっと」


 指と指の間に剣を挟み、握る。

 それだけで剣はぴたりと止まってしまう。


 そして「むんっ」と力を込めると、それらの剣はバキッ! と音を立てて砕けてしまう。まるでギャグ漫画のようにあっけなく壊れてしまう剣を見て、ルシフだけでなくリリシアとダゴ助も絶句する。


「あ、ありえぬ。我が闇の剣が……」

「どうなってるの……?」

「さすが兄貴、パねえぜ……」


"みんな驚いてて草"

"シャチケンを見るのは初めてか? 肩の力抜けよ"

"田中ァ! そんな奴やっちまえ!"

"魔王くんも運がなかったね……"

"こっちには勇者より厄介な社畜がいるからね"


 自分の攻撃がたやすく防がれたことで動揺したルシフだが、すぐに平静を取り戻し次の魔法を作り始める。


「なるほど、たいしたものだ。ならこれならどうだ? 召喚サモン:エルダーデーモン!!」


 地面に魔法陣が浮かび、そこに体長五メートルはある巨大な悪魔が出現する。

 その悪魔は『ゴギャアアアア!!』と恐ろしい叫び声を上げながら田中に向かって突っ込んでいく。その恐ろしい形相に視聴者たちは画面越しでも恐怖を覚える。


"ひえっ"

"なにこいつ!?"

"怖すぎてちびった"

"こんなの召喚できんのかよ"

"魔王の名は伊達じゃないな"


 エルダーデーモンは数多の魔法を操る上級悪魔。

 その強さは凶暴なタイラントドラゴンを凌駕する、が。


「我流剣術、またたき


 その力を振るうよりも速く、一刀両断されてしまう。

 強固な肉体を持つエルダーデーモンであったが、その研ぎ澄まされた剣閃を防ぐことは敵わなかった。


"瞬殺で草"

"これくらいじゃ無理かー"

"リリシアたん大きな口開けて驚いててかわいい"

"きっと異世界だと厄介なモンスターなんやろな"

"こっちでも厄介なモンスター定期"

"感覚おかしなるわ"

"実際Sランク探索者でも倒すの難しいからねあれ……"


「こ、の……だったら物量だ! 召喚サモン骸骨軍隊スケルトンアーミー!」


 数え切れぬほどのスケルトンが出現し、雪崩のように田中に襲いかかってくる。

 一体一体の戦闘力は大したものではないが、この数に飲み込まれれば大変なことになるだろう。


「この数をどう処理する人間!」

「……確かに一人ずつは面倒くさいな」


 そう呟いた田中はその場にしゃがみ込むと、地面にズボッと両手を突き刺す。


"なにやってんだ?"

"どうせろくでもないことだぞ"

"期待"

"地面掘って逃げるとか?"

"それは田中エアプ"

"シャチケンが逃げるとこは想像つかんw"


 盛り上がるコメント欄。

 田中は地面に突き刺した手に「ふんっ!」と力を込めると、思い切り地面をひっくり返した・・・・・・・


「おら! 岩盤ちゃぶだい返し!」

「「「「ギャアアアアア!?」」」」


 地面が丸ごとひっくり返り、スケルトン軍団はそれに飲み込まれる。

 まるで土砂災害が起きたかのような現場には、スケルトンが一体も残っていなかった。


「ふう、すっきり」


 いい仕事をしたかのように額を拭う田中。

 一連の流れを見ていたルシフは、しばらく呆然とした後、真剣な表情を浮かべる。


「……人間。貴様の名はなんだ」

「ん? 俺は田中誠だ」

「タナカ、まずは貴様を侮った非礼を詫びよう。今わかった、私は貴様と戦うためにこの世界に来たのだと」


 ルシフの体から濃厚な魔素が漏れ出す。

 彼は目の前の人物が本気を出すに値する人物だと理解した。


「ずっと私は渇いていた。生まれた世界には私を満たせるほどの強者はいなかった……。ずっと待っていた、貴様のような本気を出せる相手を!」


 ルシフの背中から漆黒の翼が生える。

 それを見た田中は「うわっ、ゲームの第二形態みたいだ」と呑気に反応するのだった。

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