第17話 仇討ち

「お前が私を? くく、笑わせてくれる。仲間を犠牲にしても私に歯が立たなかったではないか」


 魔王ルシフはリリシアをあざけ笑う。

 そう、彼女は仲間のエルフと共に魔王ルシフに勝負を挑んだのだ。


 魔族を弱体化させる結界を作り、その力を半分以下まで押さえ込んだ上で、100人以上のエルフで魔法を叩き込んだ。

 しかしそれでもルシフを倒すには至らなかった。たくさんの同胞エルフが目の前で死んだ。彼らを率いていたリリシアはそれに強い責任を感じていた。


「見ればその宝剣も折れているではないか。エルフの至宝もそうなってしまってはゴミも同然だな」

「く……っ」


 仲間のエルフもいない今、頼れるのはこの剣くらいであるが、そう刀身は真ん中でポッキリ折れてしまっている。こうなっては本来の力を発揮するのは不可能だろう。


"こればっかりはシャチケンが悪い"

"折れる剣サイドにも非はあるだろ"

"不可抗力だから(震え)"

"ていうか魔王くんもヤバすぎ。リリシアたんじゃ勝てないでしょ"

"シャチケンもどっか行ったしどうすればいいんだ"

"ダゴ助ェ! なに寝てんだワレェ!"


 田中の姿は見えず、ダゴ助はダウンしている。

 助けは見込めないと理解したリリシアは宝剣を握りしめ、魔王に立ち向かう。


「貴様に殺された同胞の恨み、ここで晴らす!」

「やってみるといい。退屈しのぎくらいにはなってくれよ」


 リリシアは地面を蹴るとルシフに接近する。

 そして宝剣を持っていない方の手に魔力を込めると、魔法を発動する。


「風よ、裂けっ!」


 リリシアの手から無数の風の刃が放たれ、ルシフに襲いかかる。

 それは鉄をも両断するほどの威力を持っていたが、ルシフに当たるとパリン! と砕け散ってしまい服すら傷つけることができなかった。


「精霊魔法か、面白い。だがその程度の出力・・では私の爪を切ることすら叶わんぞ」

「黙れ! 貴様だけはわらわがこの手で倒す!」


 リリシアは全魔力を宝剣に注ぎ込み、ルシフに突き刺す。

 彼女の持つ宝剣イーファは光を素材とし打たれたと言われる、エルフの至宝。特に魔族に高い効果を発揮し、その力はエルフの聖なる魔力を注ぎ込むことで更に強大になる。


 たとえ強大な力を持つ魔王であろうとも、この宝剣であれば討つことができる……はずであった。


「悲しいな、力がないというのは」

「な……っ!?」


 ルシフはその剣を素手で受け止めていた。

 無造作に刀身を握っているというのに、その手からは血の一滴も落ちていない。


「確かにこの剣は魔族に強い力を発揮するみたいだが、そもそも私と貴様の間には力の差がありすぎる。いくらよい武器を持っていてもその差は埋められぬ」


 ルシフはそう言って剣を握っていない方の手で、リリシアを殴り飛ばす。

 それだけで彼女の体は物凄い勢いで弾け飛び、地面を転がる。


「ぐ、う……」


 全身に広がる激しい痛み。

 リリシアは立とうとするが、体に力が入らない。


 悔しさ、不甲斐なさ、無力さが胸の内に広がり、彼女の目に涙が浮かぶ。

 脳裏によぎるは仲間たちの顔。しかし消えていった彼らの仇を討つことは叶わなかった。


「さて、そろそろ終わりにしよう。私もこの世界のことを色々と調べなければいけないのでな」


 ルシフはゆっくりとリリシアに近づいていく。

 彼女を亡き者にした後は、この世界のことを知り、そしてその力を思うがままに振おうと思っていた。まだ地上には出ていないが、外の世界に大量の人間の気配があるのは感じ取っていた。

 元いた世界から追い出されたのは不本意であったが、おもちゃならこの世界にもたくさんある。ルシフは外の世界に出るのを心待ちにしていた。


「さて、今とどめを……ん?」


 がらがら、と音がしてルシフは足を止める。

 その音は壁の瓦礫が崩れる音であった。


「あー、びっくりした。なんだっていうんだ、いったい」


 そう言いながら瓦礫から出てきたのは、田中であった。

 服についた土を落としながら、彼はルシフの方に歩いてくる。


"田中生きとったんかワレ!"

"信じてたぞシャチケン"

"知ってた"

"そらそうよ"

"なんで魔王の攻撃くらって「びっくりした」で済んでるんですかね……"

"無傷で草"

"図らずも地球代表VS異世界代表みたいになったな"

"さっきまで絶望感やばかったのに急に安心感ヤバすぎる"


 田中の出現に沸くコメント欄。

 一方田中の姿を見たルシフの動きが止まる。


(……この人間、私の魔法を受けて無事だったというのか?)


 ルシフは混乱する。

 最初の一撃は殺すつもりで放っていた。余波ですら当たれば人間など粉々になるだろう。


「急にやられたから反応が遅れてしまった。地面に埋まってどっちが上か分からなくなったし……おかげで戻るのに苦労したぞ」


(そもそもなぜ私はこいつを攻撃した? 見るからにさえない普通の男。最初はエルフの方を攻撃しようとしたはずだ。それなのに……)


 結界から出てきた田中たちを見つけたルシフは、リリシアを魔法で攻撃しようとした。しかしその寸前になってその目標を田中に移した。それは無意識の行動であり、そうした理由が自分でも分からなかった。


「こいつを危険と判断したというのか、ありえぬ。エルフでも竜人でもない、ただの人間だぞ」

「ん? 誰だあんた。そんな黒いマント着て暑くないのか?」


"草"

"まあ状況理解してなきゃそうなるか"

"魔王への第一声がそれかよ"

"実家のような安心感"


「貴様……魔王である私を舐めているのか?」

「え、魔王? そういうこと言いたくなる時期は俺にもあったけど……そういうのは早めに卒業した方がいいですよ」


"草すぎる"

"めっちゃ煽るやん"

"魔王を厨二病扱いしてるw"

"てかシャチケンにもそんな時代があったんだな……草"

"可哀想なものを見る目してるぞ"

"気遣っているつもりが煽りにしかなってないw"

"どうなるんだこれ"

"さすがシャチケン。いつも通りだぜ"


「……もうよい。貴様もこいつらと同じように始末してやろう」


 ルシフは右手に黒い魔力をまとうと、その手で田中を貫こうとしてくる。

 しかし田中はそれに動じず、落ち着いた様子でルシフの言葉に反応する。


「そうか、ダゴ助とリリシアさんはお前がやったんだな」


 すっと目が細くなり、田中は戦闘態勢に入る。

 右腕が目にも留まらぬ速さで動き、魔王ルシフの頬に突き刺さる。


「な……っ!?」


 そして思い切り拳を振り抜き、ルシフを吹き飛ばす。

 地面を数度跳ねたルシフは、なんとか体勢を立て直し着地する。


(馬鹿な!? こいつ……何者だ!?)


 彼は常に強固な魔力の鎧で身を守っている。

 しかし殴られた頬がズキズキと痛んでいた。魔法を使ったようには見えない、ということは相手は『筋力』だけで魔力の鎧を破ったことになる。


 たかが人間に。ありえない。

 ルシフは激しく混乱する。


 そんな彼に向かって田中は歩き出す。


「魔王だか誰だか知らないが……俺の友人を傷つけたんだ、ただでは帰さないぞ」

「くくっ……面白い。あのエルフよりは楽しませてくれそうだ」

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